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音大はコスパが悪い(音大生激減・厳しい経営) [音楽・ピアノ・ショパン・「音吉君のピアノ物語」]

上野学園、ゴタゴタしているようやね。
そう、上野学園と言えば、あの盲目のピアニスト辻井君伸行さんが卒業した音大だ。
※ちなみに辻井君、高校は東京音大附属高校。ワシもそこの出身じゃ。

「のだめ」では音大生は不良債権という言葉も出てきた通り、お金がかかるわりには、卒業後、一般企業への就職には困り、ピアノの先生業・ピアノ講師業ではお小遣い程度の稼ぎだ。
よくて公立学校の音楽の先生。けど、教師になるなら、何もお金がめちゃくちゃかかる音大に行かなくても、どこかの大学へ「教職課程」と「音楽科」があるところに行けばいい。
クラシック音楽市場は狭い。

で、案の定、収容定員数を割る私立音大が増え、平成17年度、2万人いた音楽関係の学科の学生数は、平成27年度には1万6千人に減ったという。

少子化の影響もあるだろうけど、「音大はコスパが悪すぎ」と現実的な考えをする人が増えたせいもある気がする。

昔は「音大は結婚の条件にいい、結婚後は家庭に入り、ピアノなどを教えたりして小遣い稼ぎ、優雅な奥様生活」を目論み、音大に夢を持ったお嬢さんや親御さんも多かったのでは、と。
一般企業への就職は考えなかっただろう。というか昔は、女性は就職しても結婚までの腰掛け、という人も多く、親もそのつもりだった。

が、今は女性も仕事をし、稼がなければいけない時代となり、音大にそれだけお金をかけるなら、別のことにかけたほうがいいと考える人が増えたのだろう。

それに音大に行かなくても、ピアノなどは、個人で先生について勉強できる。
昔は音大へ行かない一般の人が、専門の音大の講師、教授につく、というのは難しかっただろうが、今は音大の講師や教授のほうが生徒を欲しがり、専門じゃなく趣味で弾きたいという一般学生や社会人も相手をしてくれる。
で、何と言っても優しくなった。親切になった。

音大も学生を得るために、いろいろとサービスが良くなったと聞く。

昔は、こういっちゃなんだが、たいていの音大の講師、教授先生は威張っていた。
それどころか、教え方もなんだかなあ、という先生がけっこういた。
底意地悪ってな先生もいた。
殿様商売だったところもある。

とにかく音大の講師・教授先生は偉く、生徒側からは何も言えないという空気だった。
けど、今は違う。先生がそんな態度でいたら、生徒のほうから切られるだろう。

ネットのおかげでいろんな情報が手に入り、いろんな奏法、練習方法が動画で見られるようになり、独学も可能。

私も今の時代ならば、音大は勧めない。
音大へ行っても、主になるのはレッスンだ。そして一度、先生が決まってしまえば、先生を替える、というのも簡単ではない。

音大に行かず、個人で先生についたほうがいい。
万が一、その先生と合わない、もっと違う先生につきたいとなれば、簡単に替えられる。

音楽専門の学科も、個人で勉強しようと思えばできる。ソルフェージュも音楽理論も和声学も、個人教授してくれる先生は簡単にネットで見つかるだろう。音楽史は本でも読めばいい。
仲間がほしいなら、ピアノなどの音楽関係のサークル、コミュニティもネットで簡単に見つかる。発表会や演奏の機会もそういったところで得られる。
(かくいう私もミクシーでピアノコミュニティを起ち上げている)

音大へ行くメリットをあげろ、と言われたら・・・う~ん、今の時代だと・・・メリットが思い浮かばない。デメリットばかり。

今時、「音大=結婚の条件がよくなる」はないだろう。
条件のいい人と結婚したいなら、音大行くよりも、若さで勝負(20代前半で婚活)したほうがいいだろうし、「お嬢さん大学」目指した方が、まだお金はかからない。

いや、もちろんお金に余裕があり、お金持ちであれば、そもそも「コスパが悪い」などと考えないだろうけど。

よほど「音楽漬けの学生生活を送りたいんです」っていうんじゃない限り、音大へ行く意味が見つからない。
ピアノなどの技術は音大へ行かなくても得られるのだから。
卒業後、音楽で飯は食えないし、一般企業への就職を目指すなら一般大学へ行った方がずっといい。

なので、つぶれる音大が出てきても仕方ないだろう。


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高嶋ちさ子氏のスパルタ教育、なのに・・・ [音楽・ピアノ・ショパン・「音吉君のピアノ物語」]

2月17日
追記その2

朝日新聞にこんなことが書かれていた。
【教育とは、安全に失敗を経験させること】

発表会で失敗していいのだ。その失敗を次に活かせば。
小学校低学年までは楽しんで弾ければそれでいいのでは、と。
小学校高学年になり、失敗すれば、「恥ずかしい」「悔しい」という気持ちが出てくるはず。(出てこなければ、まあ、少なくともプロには向かないだろう)
その気持ちがあれば、失敗は次に活かせると思う。

6歳(小学校低学年)で失敗を恐れさせるのは酷だと個人的に思う。


追記その1

この件で、いろいろ考えさせられた。

子どもに恐怖を与えずに、練習させる、勉強させるには、どうしたらいいんだろう・・・と。
口やかましいだけじゃ、いうこと聞いてくれない子もいるだろうし。 褒めても、そこで安心するのか、やっぱり練習しない。

教える立場になると、今度は「あまりに練習しない生徒」に、無力感。

もちろん・・・言葉を尽くして練習しなければいけない理由を説明し、決して無理なことを要求していない(中学生で、週に3日、30分程度で)のだけど、それも結局はやらず、ほとんど練習しないまま、レッスンにくる・・・当然、先週、やっとできたところが、またできなくなっていて、元の木阿弥、それがずっとずっと続く・・・

やはり徒労感を感じてしまう・・・

生徒の親の方は「楽しくやらせてほしい」「塾やほかの習い事で忙しい」という感じで、子どもに強制的に練習させる親はほとんどおらず・・・(プロになるわけじゃないから、趣味みたいなものだから、親の方も練習よりは勉強してほしいだろうし、口やかましく「練習するよう」に言うことはないのだろう)

なので、高嶋さんほど厳しくするのはあれだけど、ほどほどに厳しくしないと、子どもは練習してくれないよなあ、と思ったり・・・

ただ「練習してくれ」とお願いするのも違うしなあ・・・

なので、「練習ができたら、連絡して、そこでレッスンの日時を決める」というワンレッスン方式に。
当然、練習しないから、そこで事実上、ピアノをやめることになる・・・

たぶん、そうなるだろうな、と私も思いながら、ワンレッスン方式にするのだけど。

基本、もうそこまで練習しないのであれば、ピアノは向かない。言葉を尽くしても分かってもらえないのであれば、仕方ないなと。

怒ることはしないけど、冷たいやり方ではあるかも。

まあ、あくまでも楽器の練習の話。
これが学科の勉強になると、やはり子どもの将来がかかるので、親は大変そう。

先生は生徒を見限ることはできるけど、親は子どもを見限ることはできないから、責任の差がそこで出てくる。なので親はやっぱり大変。先生はある意味、気楽かも、とは思った。

・・・・・・・
2月16日

【今「練習で間違えたくらいであんなに怒るんだから、発表会で間違えたら殺すんでしょ」と泣いてます。】 (高嶋さんの息子が)

https://twitter.com/chisako824/status/686026491193245696
高嶋ちさこ氏のツイッターより

練習でミスすると怒るのか・・・
私なら耐えられないだろうなあ。
(息子さん、6歳くらいらしい? 私は6歳の時は、まあ、遊び感覚で、のんべんだらりとやっていたなあ。間違えることなんて、気にしてなかったし)

本番のミス・・・悔しさなら味わったけど、恐怖は味わったことない。
ああ、けど音高音大の試験は「恐怖に近いもの」だったかなあ。

まあ、教育方法は人それぞれ。
五嶋龍君だって、お母さんの節さん、怖かったもんなあ、レッスン中。

耐えられる子ならきっと有効な方法なのだろう。音楽も嫌いにならないのだろう。

でも、私なら嫌いになるだろうな。
ミスしたくらいでそれだけ怒られるんだとしたら。
そもそもミスしたくてするわけじゃないし。

6歳(たぶん、そのくらい・・・)で「殺す」(親から殺される)という言葉が出てくるなんて、すごいな・・・音楽ってそんな物騒なものなのか・・・と。
高嶋さん、息子をチェリストにでもするつもりなのかしら。
(ただ、高嶋さん、ネタとして話を大きく盛っているのかもしれないが)

ちなみに、へたれなワシは逆に怒ること=叱ることもができない。
なので「教えること」に向いてない。
それに自分には怒る=叱る資格がないと思ってしまう。
けど、子どもってなかなか練習しないから、怒る=叱ることも大切なんだろう。

なので、そのへんは高嶋さんはすごいと思う。
子どもに期待し、それなりのものを要求しているのだろう。
けど、自分自身もとても「できる人」で、失敗しない、自分に自信がある人でないと、子どもにそこまで要求できないよなあ。

6歳、いや6歳でなくても、練習中のミス、私はまあ仕方ないと思ってしまうけど。
つうかミスするから練習するんだよね?

中学生になれば、本人がミスすることを悔しく思うようになるだろうし。
逆にミスしても悔しくならないなら、「合わない」「やめたほうがいい」のかもしれない。

ああ、でも今は私の場合、ミスしても「ま、いいか」だもんな。
それに本番をノーミスで弾けたことなんぞない。

音楽って何だろ?

・・・・・・・

ところで・・・
気になったのがツイッター上の高嶋さんのプロフィール。「自称ヴァイオリニスト」と今現在ある。(2月16日)
なぜ、普通に「ヴァイオリニスト=プロ」と堂々と名乗らないのだろう? 息子にここまで高い要求をしておきながら・・・

ここからは私の邪推。
「自称」と自ら名乗る場合、「自信がない」「逃げ道を作っている」かもしれない。
自信があるなら堂々と「ヴァイオリニスト」とすればいい。

プロのヴァイオリニストを名乗れば、もちろん、ほかのプロと比較される。
たとえば、五嶋みどりとか、諏訪内晶子とか。
そういった本格派と較べられるのが嫌だから、「自称」として逃げているように思えてしまう。

高嶋さんはどう見ても、客からお金をとり、音楽で食っているのだから「プロ」だろう。

いや、べつに「自称」でもいいのだ。気が楽だもの。
「私は自分の実力わかってます、プロを名乗るなんておこがましい」ということを表したくて、そうする人はけっこういる。

それなのに・・・息子に高い要求をするのに、自分は「自称ヴァイオリニスト」と逃げていることに、ちょっと違和感を持ってしまったのだ。そして、それを公表してしまうことに。

もちろん「ネタ」の可能性もあるけれど・・・ちょっと、ちぐはぐな印象を受けた。
いやあ、気楽にいきたいなら、息子も気楽でいいんじゃね? と。

高嶋さんが、自分に厳しいプロの矜持があるなら、堂々と「ヴァイオリニスト」とすればいい。「自称」なんてつけずに。
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武蔵野音大ホルン科 [音楽・ピアノ・ショパン・「音吉君のピアノ物語」]

6月28日
榮野川さんが亡くなられました。
ご冥福をお祈りいたします。

6月21日
私的なお知らせといえば、かなり私的なお知らせです。

私の中学の同級生が武蔵野音大ホルン科出身なのだけど・・・

その同じホルン科の友人「榮野川さん」が白血病になり、このことを多くの知人友人に知らせ、闘病を応援して欲しいとのことで、このブログでもお知らせしておきます。

武蔵野音大ホルン科1985年入学の榮野川さんが白血病となり、かなり特殊な病気らしく、支援が必要ということで・・・支援の輪が広がるといいですね。
http://zenehaz.ti-da.net/e3577846.html
http://zenehaz.ti-da.net/e3599176.html

ちなみに、私は「東京音楽大学ピアノ専攻」出身ですが、ここはピアノ関連ネタも扱っているので、ひょっとしたら「武蔵野音楽大学の方」が目にするかもしれないということで・・・武蔵野音楽大学関係の人は、ぜひこの話を広めてあげてください。どうぞよろしくお願いします。

草食系ピアニスト『ショパン様』 [音楽・ピアノ・ショパン・「音吉君のピアノ物語」]

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↑ショパンさま・・・らしい。すげ~神経質そうだ・・・デフォルメされていて鼻が大きいけど、ショパンは自分の「大きな鼻」をネタに嘆いていたときがあったそうだ・・・


「ショパンさま・・・今日のつぶやき編」

3月1日
ショパンの誕生日ですね。
とはいっても2月22日説もあるんですが・・・

さて、新聞広告に載っていたショパン映画の紹介です。
3月5日より「ショパン 愛と哀しみの旋律」 シネスイッチ銀座にて
名曲に隠されたジョルジュ・サンドとの知られざる禁断の愛・・・

・・・が描かれるらしいです。知られざる禁断の愛とは、また・・・
「革命」「ノクターン20番」「協奏曲1番と2番」「幻想即興曲」「英雄ポロネーズ」が劇中に使われるようです。


2月10日
ピティナで「ショパン物語番外編」が始まりました。
今まで第2と第4金曜日のアップだったのだけど、第1と第3になったようです^^;
http://www.piano.or.jp/report/01cmp/c_chopin/

全20話の予定です。
子ども・少年時代の話に、おまけとして「弟子の話」「作品評の話」など、盛りだくさんです。
引き続きショパンワールドを展開させます。

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ピティナの連載マンガ「ショパン物語」最終回記念に、ショパンネタ、自分のピアノ漫画について語ります。

続きを読む


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おすすめピアノ・音楽関連書籍紹介 [音楽・ピアノ・ショパン・「音吉君のピアノ物語」]

ピアノ関係でなにかできるといいな、と思っているにしては、ピアノネタが少なすぎ・・・反省。

ピティナの「ショパン物語」で、番外編として「ショパンの子ども、少年時代」を描くことになり、ショパン本を読み漁っているので・・・ショパン本を紹介しつつ、ネタとして語っていきつつ・・・
ショパンだけではなく、ほかのピアノ・音楽関連本を紹介していくページを作ってみました。
これからも追記していく予定です。

ちなみにショパンの誕生日3月1日・・・ということなのですが(ショパン本人はそう思っている)、出生証明書は2月22日なんだとか・・・ま、これはショパン物語番外編03の注釈にも書きました^^

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「ショパン紀行」

ショパンゆかりの地・・・ポーランド、プラハ、ウイーン、パリ、マヨルカ島、ノアン、ロンドン、スコットランド・・・ショパンが見たであろう風景の写真集。もちろん、ショパンについていろいろと説明があり・・・一番参考になったのは、現在のピアノに較べ、ショパンの時代のプレイエルピアノは鍵盤は軽く、同じ音を連打する場合、鍵盤が完全に上がりきらないと次が打てず、また高音にいくほど音も弱くなっていくため、ショパンは高音域にいくに伴って、クレッシェンドを書いていたが、これは音を大きくするという意味ではなく、同じボリュームを保ちたいという意味のクレッシェンドなのだ、と。

下で紹介した「ショパンを廻るパリ散歩」よりも、ショパンについての記述は詳しく、写真も世界観が広く、スケールが大きい。
私は「マヨルカ島」での写真が一番良かった。ショパンワールドがよりいっそう感じられる、ショパンファンには、おすすめの本である。


「ショパンを廻るパリ散歩」

ショパンワールドが感じられるパリのあちこちの写真集。
ショパンについての説明もいろいろ書いてあり・・・美しく、おしゃれな写真はやはりいろいろと想像をさせてくれる、
そこのショパンに興味をもったあなたもぜひに・・・という本(写真集)です。


「フジコ・へミング 我が心のパリ」

パリといえば、ショパンが活躍した芸術都市でもあり・・・そんな味わい深いパリの写真と、ピアニストのフジコさんの言葉・・・そこいらの人生論を語った本よりも、このフジコさんの言葉に頷かされる。

もうちょい「ちゃんと考えながら」ピアノを練習しよう・・・というか芸術が分かるようになると楽しいだろうな、と思ったのだった。

でも「こう弾きたい」と思っても、技術がそれに追いついてないのだから、やっぱりまずは技術=どんなに速くても、多声であろうとも、自分の思うままに強弱を一音一音コントロールできること声部の弾き分けができること・・・なんだよな~

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「千住家にストラリヴァリウスが来た日」

著者はヴァイオリニスト千住真理子さんのお母様の文子さんだが・・・

つくづく千住家って、兄妹も仲良く、家族愛に満ちているんだな~と思った。
子どものときは仲良くても、大人になると、きょうだいって、離れていく場合もけっこうあるけれど、千住家はそのようなこともなく、真理子さんがストラディヴァリウスを手に入れるまで、お兄さん達も相当助けてくれたらしい。

それにしても3人兄妹、そろって芸術家になれた、というのも、めずらしい。

ところで、なんで千住家を話題にしたのかというと、ショパン家に似ているな、と思ったからだ。

お父さんの教育方針がしっかりしていて、きょうだいも仲良く・・・
大人になっても、きょうだい愛は弱まることなく、深い絆で結ばれ・・・
ショパンはなにかと家族たちと手紙のやりとりをしていた。そして、病気になり、死の床についたショパンに、ルドヴィカ姉さんがはるばるワルシャワからやってきて、最期までずっと看病してくれたのだ。
ショパンは家族に愛され、家族に恵まれた作曲家だった。

モーツアルトはなんだかあまりにもお父さんが過干渉って感じだし、ベートーベンにいたっては、まあ酷い父親というイメージ・・・家庭的に恵まれて育った、とは言いがたい。

てなわけで、家族、家庭に恵まれた芸術家ということで、千住家とショパン家が、重なってしまったのだ。


「母と娘の協奏曲」

【努力をして得たものを、「天才」という言葉で片付けて欲しくない。自分が怠けて努力しないことを正当化するために、努力しない言い訳に、「あの人は天才だから」と別扱いしているに過ぎない。】
というようなことが書かれていて・・・(これは母の文子さんが言っているのだが・・・)

厳しい言葉だが、そうかもしれない。
実際、千住さんは凄まじい努力をしていた様子が分かる。

というか、ものすごく努力できることも「才能のひとつ」なんだろうけれど。
ほんの少しでも、見習いたいものだが、ヘロへロ練習している自分であった。


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