So-net無料ブログ作成
検索選択

キャラを丁寧に描く [本・テレビ番組・ドラマ・映画・マンガ・アニメ]

1月24日追記。

下記に書いたように、すっかり朝比奈あすか作品のファンになってしまった。
キャラのリアリティある描写、深く掘り下げられた描写に圧倒された。
善の部分も悪の部分もちゃんとある。

さて、そんな朝比奈作品に慣れると、ほかの作品のキャラ描写が何となく物足りず、時には薄っぺらく、あるいは、わざとらしく感じることが多くなってきた。

その典型が、これ・・・「神様のカルテ」


いや、でもすごい人気作品なんだよね・・・
ただ私にとってはつまらなかった・・・なんでこれほど支持されているのか分からない。
こういう時、自分は世間とずれているのかもな、と思う^^;

医療ものなので「ライトノベル感覚」では読めなかった。患者の死も描かれるので、どっちかというと重厚な深い描写であることを期待してしまうから。

けど、この「神様のカルテ」は、人間の心理描写が軽い、薄い・・・アマゾンの低評価レビューにも書かれているように、善人しか出てこないし、主人公の語り口がどうしても「シリアスな場面をぶち壊す」ため、感動もできない、白ける、そもそも、医療現場でこんな主人公の口調、リアリティがない・・・

医療現場でなければ、シリアスな場面が出てこないコメディなら「あり」だと思うけれど・・・

改めて、キャラを立てるって、難しいと思った。
この「神様のカルテ」の主人公の医者は、キャラが立っている、というのではなく、作者がキャラを立たせるために、漫画っぽく特徴的にしてみた、というだけのことに思えた。
なので「わざとらしさ」を感じてしまい、白けてしまうのだ。(テーマが医療でなければ、違ったかもしれない)

とはいえ、人気もあるし、他の人は感動しているようだから、きっと私の感覚がおかしいのかもしれないが。
朝比奈作品に出てくるキャラこそ、真に「(小説において)キャラが立っている」と思っているハヤシであった。

「キャラを立たせること」にこだわり、やりすぎると、わざとさしく、リアリティに欠けるキャラになってしまいがち・・・と「神様のカルテ」を読んで、思ってしまった。キャラの口癖ひとつとってみても、漫画やライトノベルならありだけど、一般の小説だとちょっと・・・という場合もあるかもしれない・・・


・・・・・・
1月5日
朝比奈あすか氏の作品について。


主人公がバブル世代なので、興味深かった。
というか、なんか懐かしい。なので自分的には、この作品が印象に残ってしまった。
そうか、ついにあの時代を懐かしく思うようになってしまったか・・・

で、主人公の生き様20年を描いているところが、またいい。

学生時代から母となり、娘を持ち、娘が自立するまで描かれる。
もち、主人公(ま、一言でいうと自分勝手)に共感できない人、たくさんいるだろうな、と思いつつ。

一般的に共感できないキャラでさえ、丁寧に描く。その姿勢に脱帽。

自分も創作するなら、ここまでキャラを考えたいな、と。
そのキャラの子ども時代(どんな家庭で育ち、どんな学生時代を送ったのか~で、大人になり~子供を持ったらどう育て、どんな家庭を築き、どんな仕事をしていくのか・・・

キャラを立たせることよりも、キャラが送る人生を考えてみたいと思った。


ということで、この頃、朝比奈あすかに注目。

今までいろんな女性作家の作品を読んだけど、朝比奈さんの作品がほぼ外れがなく、心理描写が丁寧で、けっこう大好きな作品が多い。小説ならでは、という作品を書く作家さんだと思った。


ほか朝比奈さんの作品で印象に残ったもの。


これも主人公らの子育てについての生き様が描かれる。子どもが赤ちゃんの時から、14歳になるまで。
子育てに悩んでいる女性必見。


一方、こちらはなかなかえぐいが、これも良かった。



ほかもおすすめ。

とにかくキャラの描写が丁寧なのがいい。どんなキャラであれ。

前回日記で触れた椰月美智子氏の「恋愛小説」の「デブスオタク女子」の扱いのようなことはしない。

※「恋愛小説」での「デブスオタク女子」の描かれ方=なぜか自信満々で劣等感もなく、積極的で明るい、周囲から軽んじられているが、本人はそれを全く感じてない、傷ついてもいない。(3人称神視点で描かれている)
よって、デブス女子を主人公が理不尽に気味悪がっても、読者は主人公のふるまいを許せてしまえる、あるいは気にならない。
が、皆からそんな扱いをされて、このデブス女子が傷ついていないはずがない。そんな人間はいないと思う。

ここでふと思ってしまった。
あるキャラ(そこそこ物語の中心にいるキャラ)を作者が哂いものにしている、侮蔑している、どうでもいい扱いをしている作品は、どうも好きになれない。

朝比奈あすか氏にはそれがない。
と思った。


nice!(0)  トラックバック(0) 

毎日新聞や朝日新聞が中立者をも批判し始めた? [社会・ニュース]

1月24日追記。

あ、でも中立派の人が冷めた目線で「右も左も何熱くなってんの? 馬鹿じゃねえ?」という感じだと、諏訪哲史のよなことも言いたくなるかも^^

私程度でさえ、「臭い」って言われちゃうもんなあ。中立派を装う人から。

中立派の中にも「自分はバランスとれてます、頭いいです」というような人は、右と左をバカ呼ばわりするから、ま、お互い様かもね。右も左も中間も。

・・・・・・
1月21日
左でも右でもない中立派。
バランスとれているようにも思えるが、

左の毎日新聞の付録『毎日夫人』にエッセイを連載している左の作家・諏訪哲史氏はこのように切って捨てていた。

以下編集引用
【偏向してこそ人間である】
【中立とは一種の意見放棄、議論放棄。臆病者の逃避、無知者のだんまりである】と。

おやおや、ついに左は、中立者をも「臆病者」「無知者」呼ばわりし始めたか。
自分たちと違う考え、自分たちへ不信を持つ者、自分たちになびかないものを、このように思い始めているとは・・・。

朝日新聞も以前から、安倍政権を支持する者、安保法制を反対しない者が多いことに対し、「反知性主義」などと呼んでいた。

リベラルを気取りながら、こういったことを平気で言えてしまう神経に耳を疑う。しかも一応、毎日も朝日も日本の大手新聞社である。

※個人の作家および記者が書いているとはいえ、左に加担しない市民を、無知呼ばわりしている文章を載せている時点で、毎日新聞および朝日新聞はその考えを支持しているということだろう。
他者を馬鹿呼ばわりをしている諏訪哲史氏も、毎日新聞および朝日新聞の記者・編集者たちは、ご自分は頭が良いと思っているようだ^^;すごいな・・・。

自分たちの考えに従わないもの、不信を持つ者、違う考えを持つ者を見下す左側・・・

こういった考えに染まる人たちの中から、一部が過激化し、中立者をも敵とみなし、無差別テロを起こすのかも。
実際、1970年代、日本の左は、テロを起こしていた。

自分たちの考えこそ正義であり、その考えを支持しない者をバカ呼ばわりしている左こそ全体主義者に思えてしまう。

ま、右も理想主義者の左を「お花畑」と揶揄しているから、お互い様なんだけど。

・・・・・・・
余談。

今現在、朝日新聞と産経新聞をとっているんだけど、販売店は毎日新聞も扱っているらしく、付録の『毎日夫人』をくれるのだ・・・ここに連載エッセイを書いている諏訪氏は憲法9条を平和憲法と信じ、これがあれば戦争は回避できると本気で信じているみたい・・・いやあ、反知性、無知者って言葉、そのままお返ししたい気が・・・というか、頭の悪い私は左の人たちの言っていることがさっぱり理解できないのだ。
ああ、だから左の人から、反知性、無知、頭が悪いと言われるのだろうな。

もちろん、左の人たちは実は中国の国益のために動いている、中国の海洋進出の協力をしたいのだ、というのであれば理解できます^^。支持はしないけど。

※朝日新聞・・・やはり敵の動向を知りたくて、今とっている^^。(敵というのはあくまでも日本にとって、ということで)
本気で日本のためを思っているとしたら、非現実的理想主義のきれいごと新聞であり、かつ、自分たちの考えを理解できない者を馬鹿呼ばわりする傲慢な新聞だなと思う。

もち、産経だって全面支持しているわけじゃないけれど。


余談その2

選挙で選ばれた自民党、その自民党総裁でもあり、現首相である安倍総理。
なので左は、国民を愚民呼ばわりし、民主主義を否定するようなことを言うのかと思ったら、
安倍総理を独裁者、独裁政治などと言ってみたり、「民意を無視するな」と叫んでみたり、左の言っていることはワケがわからない。

が、左は、そんな私たちを馬鹿呼ばわりする。
左の一部特殊な過激派(たとえば「しばき隊・CRAC」「ぱよぱよちんのグループ」なら、「ああ、またかあ」と軽く見てしまうけど、毎日新聞、朝日新聞といった大手新聞社がそういう態度なので、空恐ろしく思ってしまった。
こうしてみると、右は「なんとかして自分たちの考えを理解してもらおう」という姿勢の人が多いけど、左は「俺たちの考えが理解できないなんてバカ、ネトウヨ」と切って捨てる人が多いように思う。

nice!(0)  トラックバック(0)