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右傾化エンタメと左傾化エンタメ [本・テレビ番組・ドラマ・映画・マンガ・アニメ]

思えば、ここ2,3年はずっと「日本について考えるブログ」になってしまっていた・・・まあ、私が長いこと「昔の日本は悪だったと左派の言うことに騙されていた~」のが、悔しかったからだ^^;

左派は、今の若者が右傾化している、と懸念しているようだが・・・私のような長いこと左派に騙されてきた中高年のほうが、左派に対し、不信感を持っていることを自覚したほうがいいかもしれない。

※ちなみに左派とは・・・単なる共産主義者のことではなく、きれいごとが好きな理想主義者、絶対平和と絶対正義を信じる現実を見ることが出来ない人、「絶対正義」を追求した果てのマイナス面や、理想の先は破綻の道へ向かうことを想像できない人たち、昔の日本を絶対悪とし、すでに世代が変わっているのに、いつまでも反省を求め、若い世代にも負担させようとしている人、昔の日本は戦犯国家なのだから、戦犯の子孫は、ずっと反省と謝罪をせよ、近隣国に配慮せよ、という日本人差別主義者のことを指している^^;


宮島理氏も言うように、本当は「リベラルな現実主義者」が必要だが、日本の左派はほとんど「リベラルな理想主義者」ばかり・・・ついていけない。

まあ、私がここで左派批判しなくても、宮島理氏や田山たかし氏など、ネット論客もいることだし、日本の空気は確実に変わってきたと思う。なので、日記もご無沙汰してしまったのだ。

でも、せっかくなので、ごくたまに吼えてみようと思う。

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井筒監督、映画『永遠の0』を強烈批判。「観た記憶をゼロにしたい」・・・ということで、それについて語る。 ...

「永遠のゼロ」は、原作の小説でしか知らないが、小説は面白かった。だから映画もどういった話か想像がつくのだが・・・

「観た記憶をゼロにしたい」とはまた痛烈な・・・しかし、裏を返せば、それだけ「気になった映画であった」なのだろう。


左派の人間にとって、戦争ものを描くならば、「戦争は絶対悲劇、絶対悪であり、感動ものであってはいけない。できれば被害だけでなく、日本の加害性を描いてほしい」のだろう。

よって、兵士は加害者=殺人者(悪)か、もしくは命令によって戦争にいかねばならないかわいそうな人、被害者であり、決して「人を守る存在」という善の要素があってはいけない・・・ものなのかもしれない。

その要素が、もし人を感動させるようであれば、【戦争を美化している】となるのだろう。

だが原作小説を読む限り、特攻作戦について批判しており、戦争を美化している、とは思わない。

日本を加害者として描いていない、という指摘(別の人の指摘だ)も、的外れ。命令によって、圧倒的に強い米軍に突撃せざるを得ない特攻隊員を加害者扱いしてどうするのだ?

また、当時は、欧米諸国の植民地政策がまかりとおっていた時代であり、 第二次世界大戦後も、オランダなどは、もとオランダ領で、日本に取られてしまったインドネシア奪還のために、インドネシアに侵略したらしいし・・・(オランダは負け、インドネシアは独立した。そのとき、インドネシアに残っていた元日本軍人が、インドネシア独立のために戦ったらしい。なので、東南アジア諸国は親日派が多いらしい)・・・

第二次世界大戦中、イギリスはアフリカへ侵攻したらしいし。
日本のみが「侵略国家」と未だに責めを受け、反省を求められ、「戦犯」扱いされるのは、アンフェアだ。

戦争をしたことがある全ての国が【戦犯】だろう。

で、当時は、戦争は必要悪だった面もあっただろう。

欧米諸国は、植民地を利用し、自国の経済のためにブロック経済を行い、日本を追い詰めたのだし、植民地政策が悪である、という世界常識がなかった時代である。

人権という概念もなかった時代である。
また、侵略という定義もなかった。
自衛戦争が認められたが、しかし、自衛の定義もなかった。

今の平和がある程度担保された時代の人間が、当時のことを、今の価値観で批判するのは、卑怯とさえ思う。
また、戦争は、当時、日本のマスメディアが相当賛同し、煽ったという。

日米開戦に、東条英機は反対の立場であって、なんとか回避したかったが、世論がそれを許さなかった面もあったのだろう(もちろん、アメリカにのめない条件を突きつけられ、戦争するよう仕向けられたのだけど)と推測する。

それなのに、未だに東条英機などA級戦犯に戦争責任を押し付け、自分たちは軍の被害者だったと言わんばかりの日本のマスメディアもなんだかなあ。

(ちなみに、日中戦争の責任者は、裁かれていないという。東京裁判では、日米戦争時の指導者だけが裁かれている)

戦争責任として、日本を戦争に導いたとする指導者たちを戦犯として裁くのなら、戦争を煽った戦前のメディアもつぶすべきだったのでは、と思う。(ドイツはそうなった)

でも日本のメディアは生き残った。アメリカ(GHQ)に擦りよったからだろう。
日本は侵略国家であり絶対悪であり、その悪の日本を良くしたのはアメリカである、悪の日本への原爆投下も仕方なかった、市民を大量殺戮した空襲も仕方なかった、としたいGHQのために、当時の日本マスメディアは働いたらしい。

ちょっと前「右傾化エンタメ」という言葉が朝日新聞から発せられたが、「永遠のゼロ」はもちろん、自衛隊員を主人公にした「空飛ぶ広報室」まで、「右傾化エンタメ」と言われていたことに、改めて失笑する。

「空飛ぶ広報室」もドラマ化され、綾野剛が良い演技をしていた。

自衛隊の戦闘機パイロット・・・やっぱ、カッコいい、それが率直な感想だ。
が、それが左派には許せないのだろうか。

自衛隊の戦闘機パイロットは、日本の領空を守る存在だ。やむをえない場合(攻撃を受けた場合)、敵機を撃ち落すこともあるだろう。もちろん、今までにそういったことは一度もない。
日本を守ってくれる・・・日本および日本人にとっては「善」の存在だ。

しかし、日本の左派にとっては「殺人機を操る存在」「戦争へ日本を導く悪の存在」なのだろうか?

物語中、自衛隊員は「殺人のために訓練している」というようなことを言われるが、今どき、自衛隊をこのように捉える人がいるのか?と思ったが・・・いるんだろうな。

「自衛隊は国や国民を守ってくれる存在」ではなく、「戦争を起こし、殺人を犯す可能性がある組織」として、自衛隊を暴力装置と表した元民主党議員の仙谷さんのような捉え方をする左派は、「空飛ぶ広報室」のような作品にまで「右傾化」といって、危惧するようだ・・・

旧日本軍兵士や現在の自衛隊員をちょっとプラス方向に描くだけで、「右傾化」とし、そういった作品が人気となり話題になれば、その作品を危険視し酷評する左派の感覚こそどうかと思うが・・・

なので、逆に私は高視聴率をとっているという向井理主演のドラマ「最後の警官」が鼻につく。

どんな危険があろうとも、犯人射殺をせず、犯人確保する、多数の犠牲が出そうでも、絶対に犯人射殺しない(殺人は犯さない)警察官・・・あまりに理想的で、きれいごとだから。

安全性が裏付けられた上での犯人確保ならばもちろんいい。
それは現在の警察もやっていることだ。できるだけ犯人射殺は行わない。ほんとうに、やむをえない場合のみ、だろう、拳銃使用もおそろしく制限されている。

SATが犯人射殺でもしようものならば・・・SATを殺人組織と言う左派もいるのだろうな。

左派が言うことは、よく言えば理想主義、悪く言えば、非現実的=めちゃくちゃである。

絶対平和、絶対正義などありえない・・・子ども向けの漫画やアニメでさえ、今の時代、「絶対平和や絶対正義」をテーマにすることはあまりないようだ。けっこう、現実的だ。ファンタジーものでも、そこに登場するキャラは現実的な思考をするし、絶対平和や絶対正義を描かない。

そういうことで、少年漫画原作のアニメ「進撃の巨人」は、なかなかの作品だった。
善悪についても、絶対善、絶対悪はない、ということを表現している。

なので、今どき、危険な凶悪犯に対し、自身や周囲に危険が及んでも、絶対に犯人を殺さないとする警官=絶対正義の警官を描いた「最後の警官」(成年コミック原作)が、幼稚に思えてしまう。

【殺人】は悪であるが、多くの人を守るために、やむなく殺人(犯人射殺)を行った警官は、やはり救われた人にとっては「善」の存在だろうし、そういった組織は、治安を守ってくれるとして、多くの人にとっても「善」の存在だろう。

・・・再三、「最後の警官」を酷評してしまったが、いや、体をつくりあげ男らしくなった向井理は素敵だと思う・・・なので、観た記憶をゼロにしたいとは思わない。

「永遠のゼロ」や「空とぶ広報室」が右傾化エンタメだとしたら、「最後の警官」は左傾化エンタメか・・・^^;

ドラマ3話目の「最後の警官」を観ていない。う~ん、来週も見ないかも。


気になる俳優・・・岡田准一(永遠のゼロ)、綾野剛(空とぶ広報室、および最後の警官)、向井理(最後の警官)が出演している作品について、熱く語ってしまいました^^;

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