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生き方それぞれ [人生・生き方・生活・人間関係]

アクセス解析をすると「人生、生き方関連」のワード検索(自立、専業主婦、結婚、未婚など、そして「勝間和代さん関連記事」のほか、かなり昔の記事だというのに「西原理恵子さんの専業主婦批判についての関連記事」も閲覧数も多い)で、ここを訪れる人が比較的多いようなので、朝日新聞に載っていた記事をネタに、改めて考えてみた。

ただし、いろいろなテーマ・・・「人間関係」「コミュニケーション」「自立」「依存」「未婚」「専業主婦」をキーワードに考えを綴ってみたので、ちょいと、まとまりは悪くなったかもしれない。
最後は、西原理恵子さんや勝間和代さんの発言に対し、「千住文子さんの生き様」をぶつけてみたくなったので、それについて触れてみた。

いつにも増して、長文です。かなり長文です。

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モンスターペアレント? [学校・教育・いじめ・少年犯罪関連]

教師が生徒の親(モンスターペアレント?)を提訴」した件について。
追記その2

別所でも同じ話題で記事を載せてたところ、このような書き込みがあったので、紹介する。
では他の方からの意見・・・以下、コメント全文コピペ

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先生が間違っていると思います

どの仕事にもクレーマーなんてご極少数だけど存在するんです
みんな適当にあしらうか…話し合うべき部署に持っていって解決方向に向かうんです
この教師はちょっとおかしいのではないでしょうか?
第一この先生が裁判起こしたせいで子供はいじめられるようになるのも論外です
先生辞めてから裁判起こすべきでしょうね

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コピペ終わり。
では、私の意見を述べます。

まずは、これによって「この生徒がいじめられるのではないか」という点と、先生が提訴した件は別々で考えたほうがいいと思った。

生徒が不利益を被るかもしれないからといって、実害を被った先生が我慢しないとならないというのは偏っていると思う。

提訴によって、生徒側が傷つくというのであれば、それは別に対処したほうがいいということである。
生徒が傷つくから、先生は提訴が出来ない、というのはおかしい。先生にも権利がある、ということを生徒側が知るいい機会だと思う。

そう、弁護士が提訴できると判断したということは、少なくとも、先生は実害を被ったということだ。
実害を被らなければ、提訴できないのだ。
一般の会社の、客からのクレームとは質が違うのだろう、と思う。

また、先生や学校側が、生徒側から何をされても社会的に訴えることをせず、我慢することは教育上も良くないのでは、と。
生徒側は「なんでもまかりとおる」と勘違いしてしまったまま、社会常識を学習する機会を失ってしまう、と。

では、いちおう、私のレスコメントもコピペします。

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この学校には「クレーマからの苦情を解決する部署」がなく、学校が、この先生の提訴を認めたということで、もしも先生側が仕事に支障をきたすほどに、この親御さんから妨害を受け、話し合いでも解決に至らなければ、提訴という方法もありなのでは、と個人的に思います。

この教室の生徒数は分かりませんが、1人の先生が40人の生徒の面倒をみなくてはいけないので、先生側にも限界があると思います。

生徒の親から、どの程度の嫌がらせを受けたのかはわかりませんが、
生徒側に権利があるように、先生側にも権利があるということを、知らせるためにも、提訴はありだと思います。
そこで、はじめて第三者の中立な立場からの「意見」「考え」を聞くことができるのですから。


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追記その1

ある大病院で、初めて受診する前に、こんな紙を渡された。
内容はこんな感じだった。
治療方針など、納得できなければ(モンクがあるなら)、ほかの病院へどうぞ」
「医師、ほかの患者に対し迷惑行為をした場合、今後2度と診ない(ブラックリストにのせる)」「場合によっては警察に通報する」

そして、必ず、リスクを説明し、最後には治療方法など、患者に選ばせる。
「どうしますか?」「やめてもいいですよ」と。 「あなたが決めてください」と。

理不尽な患者から病院スタッフを守るためなのだろう。

「ほかへ行ってください。うちでは面倒はもうみることはできません」
最終的にそう言えれば、理不尽なことを言う人も減ってくるだろうけれど、公立の学校では、それも言えないから、なかなか難しい。
なので、教師側からの提訴もあり、なのでは、と思う。

勝手な想像だが、最初から、教師に不信感しか抱いていない親御さんが増えているのでは、と。(もちろん、不信感を抱かせてしまう教師もいるのかもしれない。)

ならば、何を話し合っても無駄かもしれない。
不信感を抱いている人間に対し、何を言っても、どんなことをしても悪く捉えられてしまうからだ。

なので、不信感しか抱けない人間に対し、離れるのが一番なのだけど。

公立学校だけはそんなわけにはいかないだろうが、どうしても担任に不信感しか抱けないというならば、ほかのクラスへ移動、転校できるような、人が動けるシステムがあってもいいのかもしれない。

ほかのクラスへ移動しても、学校を替わっても、やはり担任に不信感しか抱けないとなれば、それは本人(親)にも問題があるかもしれない。
(クラスを替える、学校を替えるとなると、「なにか問題があったから替わるのか」と周囲から色眼鏡で見られ、結局は上手く行かないってこともありうるけれど)

教師に問題あるならば、ほかの生徒も「被害」を受けているはずであるし、不信感を抱いているだろう。

ただし、それが「被害」なのか、それとも生徒側の「勝手な我がまま」なのか・・・

両者の話に耳を傾け、それを判断する第三者(学校側でも生徒側でもない中立な立場の者)が必要なのかもしれない。

・・・と思ったのでした。

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真珠湾攻撃とアメリカ [国家・日本近代歴史・戦争関連]

訂正というか・・・補足。
以前、「アメリカは、日本が奇襲することは知っていたけど、真珠湾だとは思わなかった」というようなことを書いたけど、
「アメリカは、真珠湾が攻撃されるかもしれないという情報を聞いていたが、真珠湾攻撃は不可能だと思っていたので真剣に取り上げず、まさか、日本の奇襲先が本当に真珠湾だとは思っていなかった」という言い方に訂正しておきます。

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「目からウロコの太平洋戦争」を読んで、いろいろと勉強になったことを書いてみる。


とくに「真珠湾攻撃」について、日本の戦闘機パイロットの技術がほんとうにすごかったことを知った。
で、中国に進出した日本に対するアメリカとの確執?は日露戦争からあったらしいというのも・・・

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まずは、日本がアメリカとの戦争へ突き進んでしまった状況について。

1929年アメリカで始まった株価の大暴落から世界恐慌へ。

不況で困った欧米企業が良質で廉価な製品を日本国内に持ち込み、日本製品は駆逐され、企業が倒産し、失業者が急増した。農村でも、生糸や農産物の大暴落で貧困状態であった。

昭和恐慌の始まり・・・しかし、一般市民が貧困にあえいでいる中、強大な資本をもった財閥だけが中小企業を吸収して、肥え太り、国民の恨みを買い、また経済政策に失敗した政党内閣からも人心は離れ、国民の期待は軍部へ。

円の価値が暴落し、円安となり、日本製品の国際価格は低下したため、輸出が伸び、また満州事変で軍需品の需要が伸び、日本は昭和恐慌から立ち直る。

しかし欧米列国は世界恐慌のダメージから立ち直れず、自国と植民地で、他国の製品に法外な税関をかけ、輸入量を制限し、他国の製品を排除し、閉鎖的な経済圏を構築した。=ブロック経済圏

こうした列国のブロック経済圏が確立され、日本製品は締め出される。

日本が、列国のように植民地を持っていたならば、日本もこうした「ブロック経済圏」が作れ、経済力を維持できるのに、と考えるのは当然かもしれない。
植民地をもっていないがために、ブロック経済圏が作れない。これはドイツとイタリアもそうであった。

日本は、満州、朝鮮、台湾だけでは自給自足の経済の確立は不可能だった。そして中国へ進出(侵略)することになる。

日本の中国侵略を非難するアメリカ、イギリス・・・特にアメリカは次々と日本に経済的な制裁をしてくる。

アメリカから石油をストップされかねない状況であり、石油をアメリカに頼っていた日本は資源を求めて南方へ進出した。

アメリカは日本への石油の輸出を完全ストップし、ABCD包囲陣=(アメリカ、イギリス、中国、オランダで経済封鎖網)を構築し、日本を押さえ込もうとする。

そして日本を挑発し、戦争へ導く。

アメリカは戦争に参加したかった。

1939年、第二次世界大戦が勃発していた当時、アメリカは不況にあえいでおり、これを打開するには、戦争に参加し、軍需製品をイギリスなどの連合国に輸出し、経済回復を考えていた。
(が、この頃はまだ戦闘には参加せず、大量の軍需製品を輸出することを考えていた。)

1940年に日本とドイツ、イタリアの三国同盟を結び、アメリカは参戦を考えざるを得なくなり、戦争準備を整えていく。

アメリカはドイツに対し「アメリカ軍が太平洋上でドイツ船を発見したら、撃沈する」という宣戦布告に近い宣言をするが、ヒトラーはこういったアメリカの挑発にのらず、大国アメリカを敵にまわすことはしなかった。

なので、アメリカは日本を徹底的に挑発することにし、石油をストップ、強硬な経済封鎖をし、「ハルノート」(日本が絶対にのめない要求をしてきた)をつきつけ、日本から最初の一発目を打たせることに画策する。
参戦に消極的なアメリカ国民の支持を得るには、日本を暴発させるのが一番である。

日本はまんまとアメリカの挑発に乗ってしまった。というか、戦争しか道が無いという状況にアメリカに追い込まれた。
それでも、政府トップも軍部トップも「アメリカに勝てる」とは思っていなかった。アメリカにある程度の打撃を与え、なんとか講和に持ち込めたら、と考えていたらしい。

アメリカは、日本外務省の暗号解読に成功し、奇襲をかけてくることを知っていたが、「どこに」ということはわかっていなかった。
それでも、この奇襲を卑怯なやり方だと非難し、世論を味方につけることができる。

そして日本の真珠湾攻撃で、アメリカは参戦する。

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真珠湾攻撃について。

装甲の厚い戦艦を撃沈させるには魚雷攻撃が有効だった。
だが、真珠湾は、魚雷で攻めるのに、ものすごく難しい場所である。

魚雷攻撃・・・目的物の1000メートル手前で、海中に魚雷を投下する。魚雷は一旦、数十メートル沈んでから、浮上し、そのまま走り、目的物を爆破する。

しかし、真珠湾の水深は12メートル。水深が浅いと、魚雷は海底にぶつかり爆発するか、つきささる。
なので真珠湾攻撃は不可能と言われていたという。

けれど、日本の熟練パイロットは曲芸のような技で、水面に魚雷を置くようにして発射し、水深10メートルでも、魚雷攻撃を可能にしてみせたという。

それでも上層部と海軍全体はこの真珠湾攻撃に躊躇していたが、山本五十六司令長官が辞職覚悟で押し切ったらしい。

アメリカは、日本が奇襲をかけてくることを知っていたが、まさか真珠湾だとは思っていなかったらしい。
(・・・というか、アメリカは、真珠湾が攻撃されるかもしれないという情報を聞いていたが、真珠湾攻撃は不可能だと思っていたので真剣に取り上げず、まさか、日本の奇襲先が本当に真珠湾だとは思っていなかったらしい)

日本は、真珠湾を攻撃することを決めてはいたが、山本五十六は「日米交渉で開戦が回避される」ことを直前まで望んでいたという。

難しいとされていた真珠湾攻撃は、戦艦4隻の撃沈、そのほか大破した艦船は多数、敵機231機の破壊ということで大成功だったという。

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日露戦争について。「目からウロコの太平洋戦争」より。

日露戦争時、イギリスとアメリカはそれぞれ思惑があり、日本の外債を購入し、日本が優勢に立てるよう、資金の助力をした。

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「バターン死の行進」=捕虜虐待についての考察(日本軍は悪だったのか?) [国家・日本近代歴史・戦争関連]

「南京事件考察」http://kayashi.blog.so-net.ne.jp/2010-12-26に続き、日本軍が捕虜を虐待したとされる「バターン死の行進」について語ってみる。

「目からウロコの太平洋戦争」(河合敦)より。

この本は、中立の立場で、冷静に太平洋戦争について書かれている感じがする。なので、おすすめである。
(やはり、「大東亜戦争を聖戦」と言っている田母神さんは偏っている気もする。それは「自分たちが正義で、敵は悪だ」というアメリカと何ら変わりない。ただ・・・相手を悪に仕立て、自分たちを正当化する、というのは、どの国もやっている「当然のこと」だとは思うけれど・・・)

では「バターン死の行進」=(日本軍の捕虜虐待?)について。
以下、「目からウロコの太平洋戦争」より編集抜粋し、まとめてみた。

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太平洋戦争が始まり・・・
アメリカの東南アジアの拠点はフィリピン群島であったため、日本はフィリピンを攻略する。
マニラを占領した日本軍は、バターン島にいるアメリカ軍を攻撃し、アメリカ軍は降伏した。

日本軍は、4000名以上の将兵を失い、7000名近い負傷者を出す。
降伏したアメリカ軍の捕虜は5万、フィリピン人を合わせると8万を超えた。

日本軍は、捕虜を60キロ離れた捕虜収容所へ移送する。トラックや列車はなく、徒歩である。

日本軍にとっては、60キロ歩くのはどうってことないことだったが、車両による行軍が常識だったアメリカ兵には苦痛であり、「捕虜虐待」に思えたらしい。マラリアにも罹り、アメリカ兵は倒れていった。

しかし近くの要塞が陥落しておらず。捕虜を要塞からの攻撃を守るためには、捕虜を別の場所(60キロ先の収容所)へ移動するしかなかった。そして日本軍も、食糧が不足し、宿泊施設も不足していて、8万の人数を養う余裕など無かった。

60キロ先の別の場所に移動すること、食料が足りないこと、マラリアにかかっても大人数を手当てするような余裕も無く、日本兵だって同様に大変だったことでもあり、これらは仕方なかったことである。
60キロを歩くというのは日本兵にとっては普通のことであり、歩かせたのは捕虜を虐待をしたかったわけではない。
(そもそも、日本を「余裕の無い状態」にしたのは、経済制裁をしたアメリカである)

しかし、アメリカは捕虜を虐待したとして、これを「バターン死の行進」と呼び、捕虜虐待をしたとして日本軍を「冷酷非道の悪者扱い」し、戦後、このフィリピン攻略の責任者だった本間雅春中将は、この「バターン死の行進」の責任をとらされ、銃殺刑に処せられた。

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抜粋まとめ、終わり。

「南京事件」、そしてこの「バターン死の行進」は、日本軍を悪に仕立て上げるため、日本軍側の言い訳をいっさい聞かない、アメリカ側の勝手な「情報操作」だったのかもしれない。

というか、相手を悪に仕立て、自分たちを正当化する、というのは、どこの国もやっていることなのだろう。

日本の近代歴史教育は、これを踏まえて、行われるべきだと思う。

「南京大虐殺」は、あくまでも連合国側の言っていることであり、証拠がないこと、そして当時の状況(中国軍が民間人の振りをして、日本兵を襲ってきたので、民間人を多く殺害してしまった可能性があることなど)も教えるべきだと思う。
この「バターン死の行進」もそうである。

そして、民間人を殺害したことを「南京大虐殺」と呼ぶのであれば、アメリカの原爆投下、東京大空襲、他都市への空襲も、「大虐殺」であり、「東京大虐殺」「ヒロシマ大虐殺」「ナガサキ大虐殺」「日本人ホロコースト」という言葉を使うべきだろう。

事実、原爆投下当時のアメリカ大統領トルーマンは、日本人を野獣と呼び、人間扱いをする気などなかったらしいし、政府首脳も「日本人には民間人などいない。日本人はこの世から抹殺すべきだ」と言っていた人も多かったらしい。
アメリカは「日本民族大量殺戮」を行ったわけで、アメリカもドイツのナチも変わらないのである。

もちろん、アメリカにも、原爆投下に反対する人たちはいた。原爆の威力を知っていた科学者だちは、アメリカ軍がいきなり、民間人が多く住む大都市に原爆を使用したことに、ショックを受けたらしい。威嚇として、まずは、人がいない山林や原野に落とすと思っていたらしい。

ということで、アメリカの「日本人大虐殺」は公然と行われたのである。そして何度も書いているが、アメリカは自分たちがやったことを正当化するために、日本を【この世から抹殺されても仕方のない悪】に仕立てる必要があったのだろう。

とアメリカを否定するようなことばかり書いてきたが・・・
戦前の日本が良いのか?というと、そうは思わない。戦後、アメリカの指導によって、いろいろ改善されてきたことも多いと思う。

戦前の日本と、今現在の日本と、【物質的豊かさ】は置いておいて、社会的にどちらが住みやすいか、どちらの時代に生きたいか?というと、やはり今現在の日本である。

なので、アメリカの全てを否定しようとは思わない。恩恵に与ったところもたくさんあったと思う。

また日本軍を擁護するような書き方をしたかもしれないが、日本軍が酷いことをしたのも確かだろう。

沖縄戦では、民間人に自決用の手榴弾を配布していたことから・・・自決を強要した明白な命令書はなかったかもしれないが、自決するよう指導していただろう。それは結局は、強制したに等しい行為だろう。
自国民の命さえも軽く扱ったのだから、敵国の捕虜や敵国の民間人の命も軽く扱っただろう。
国益のためであれば個人が犠牲になるのは当たり前であり、人権というものが全くなかった当時の日本(軍)が「正しかった」とは思わない。

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