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結婚の条件その1 [人生・生き方・生活・人間関係]

前回の記事「草食系の恋愛と結婚」http://kayashi.blog.so-net.ne.jp/2010-05-14の続きといえば続き。

「結局、女はキレイが勝ち」その2http://kayashi.blog.so-net.ne.jp/2010-05-12にも書いたが・・・

「おしゃれ」とは・・・相手に失礼にならないように、相手に気分良くなってもらうというのもあり、
また、他の人の意見では「他人からナメられないようにするもの」というのもあり・・・なんというか「武装する」という感じもし・・・

そして「化粧をしない、持って生まれた素顔をさらすことが人に対して失礼にあたる」っていうことも、ごもっともなんだけど、なんか悲しい気もし・・・

そこで、素顔を晒すことができる関係というのは貴重かもしれない、と思ってしまった。
武装を解くことができる=気を許せる、ということで。

そういったことを考えると、結婚とは「素顔を晒せる関係になる」ということで、そういう関係を異性と築けるというのは素晴らしいことかもしれない。
もちろん「素顔が許せん、詐欺だ、離婚だ」という超狭量な男性もいるかもしれないが、滅多にいないだろう。
「最初は、素顔にギョッとしたが、慣れた」という男性や、最初から気にしない男性もいることだろう。

まあ、とにかく、ある程度気を許せる関係性は、やはり心の拠り所となるわけで、多くの人は「できれば結婚したいなー」と思うだろう。

ただ、気を許せる、ということは、遠慮もなくなる、気を使わなくなる、ということで、他人には決してしないような行為・・・「それを言ったらおしまいよ」的なことを言ってしまったり、些細なことで怒りを爆発させたり、イライラをぶつけてきたり・・・とマイナス面もあるのかもしれないが。

けど、実際、数多くの異性から一人を選び、また相手も自分を選んでくれないと成立しないので、なかなか難しい。誰でもいい、というわけにはいかず、お互いに妥協するところはして、品定めをすることになるわけだけど、うまくいかないことも多々あるだろう。

「身の程をわきまえず理想が高すぎ、条件が厳しすぎるから結婚できないのだ」と世間はよく言うが・・・自分の人生を左右することなので、やはり簡単には決められないものである。
ダメだったらやり直せばいい、という人もいるだろうが、離婚するには大変なエネルギーを消耗し、そう簡単にできるものではないらしいので、できれば最初から「失敗しそうな結婚」などしないほうがいいだろう。

そこで私の経験を語ってみよう。
ずっと昔の話になるが、まだ「女性の価値=若さ」というのが、あからさまに言われていた時代だ・・・(もちろん今も世間の本音はそうだろうが・・・)

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草食系の恋愛と結婚 [人生・生き方・生活・人間関係]

世間でいうところの「勝ち女」の対極に位置するらしい「喪女」を知った。
>「喪女」とは、モテない女のことを言うらしく、ちょっち興味をもった。つーか共感するところも多い。私もモテない系なんで^^;いやまあ、ネットの住人にとっては「喪女」なんて今さら感だろうけど。自分・・・基本的に世事に疎くて無知なのだ^^

で、「喪女」と名乗る人たちのブログなどを見てみた。なんだかいろいろ考えさせられた。そう、いわゆるカツマーとは正反対の、自信がもてないネガティブ思考から抜け切れない女子の葛藤を感じた。私も若い頃、そういうところが多々あったけ。

それにしても、恋愛をすすめる世間様はほんとうざいだろうね。
http://anond.hatelabo.jp/20090923013046

で、検索しているうちに、こんな興味深い記事を見つけた。喪女と草食系男子について。
http://hibinegu.blog57.fc2.com/blog-entry-72.html

おおー、喪女な私も草食系男子とぜひお友だちになりたいぞ^^;(マジで)

うむ、たしかに、草食系男子は、知的な感じがし、基本的に誰にも優しいし、同じ人間として扱ってくれる気がする。
お友だちにもなってくれるかもしれない、と非モテの女子に希望を与えてくれる気がする。

で、対する肉食系男子は、キレイでない女子に対してはあからさまに冷たいし、あるいは無視し、失礼なことを平気でやりそうな気がする。もちろん、お友だちにもなってくれないだろう。「俺に近づくなオーラー」を出しまくる。

うん、これは当てはまるかもしれないかも・・・今思えば、私の経験上でも、肉食系男子は草食系男子に較べて「あからさま」な場合がわりとあったりしたかもしれない。
偏見だけど、「俺様タイプ」も肉食系男子に多い気がする。
もちろん、あくまでイメージであって、礼儀正しい優しい知的な肉食系もたくさんいるだろうが・・・

いや、ほんとは草食も肉食もなく、複雑な人間をこうやって分類し、ひとくくりにするのはおかしいのだけど、ネタとして語っている。(ので、許して欲しい)

ちなみに、草食男子の定義とは、「恋愛やセックスにがっつかない」「据え膳も食わないし、送り狼もしない」「男女関係をワリカンで考え、女友達も大事にする」ということらしい。

そこから沸くイメージとしては・・・草食系男子は優しいけど、恋人=彼女として付き合う女性は、かなり厳しく見て選び、妥協しない感じもする。
が、ただの友だちとしてならば、別にこだわりもなく、つきあってくれそうだ^^
対して、肉食系は、男女の間に友情など成立しない、と思っていそうだ。

ということで、女性と友だちづきあいしてくれる草食系男子の登場はとてもいいことのように思うのだけど・・・
(最近、登場したのではなく、昔からそういう性質の男性はいたのだろうけど、きっと世間が押し付けてくる「男らしさ」の価値観というものが邪魔をしていたのだろう。ややもすれば「女にガツガツしない」ことを「女に興味がない」と捉えられ、ゲイ扱いされていたのかもしれない)

さてさて・・・
そこで、そんな草食系男子を話題にした記事サイトを見つけた・・・→http://aruite5.blog.shinobi.jp/Entry/1144/

いろんな人の意見?に笑ってしまった。たしかに・・・男だって、あえて、まずい肉(女)を食いたいとは思わないよな。

それに男性からしてみれば・・・もちろん彼女がいるに越したことはないけれど、自分の趣味ややりたいことにお金と時間をかけたいし、それらより最優先してでも付き合ってみたい理想の女性は、こちらを振り向いてくれず、かといって、しつこくすればストーカー扱いされるので・・・そこまでして恋愛に励もうとは思わないのだろう。

デートにはお金と時間もかかるので、妥協してでも女と付き合いたいとは思わないのも無理はない。

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「結局、女はキレイが勝ち」その2 [雑記]

前日記に「結局、女はキレイが勝ち」その1http://kayashi.blog.so-net.ne.jp/2010-05-10の追記です。

これらの勝間本を読んで、やはり勝間論の対象となるのは(勝間さんが読者として想定しているのは)「上のクラスの人たち」なのだな、と感じた。

「結局、女はキレイが勝ち」の中で、例として出てくるのが、東大の文武両道のイケメン君だったり、ホテル代一晩5万円のスイートだったり・・・つまり、「東大」「ホテル代一晩5万円」が身近で一般的と思っている読者を想定しているかもしれない。少なくとも、それらを「雲の上」と思っている読者は想定していない。

さて、ここで気になったのが・・・東大の文武両道のイケメン君が求める女性は「かわいい子がいい」のは当然だろうが、結婚相手にはどんな女性を望むのか?だ。
家庭的な専業主婦志向の女の子を望むのか、それともバリバリ働く女性を求め、自分は家事育児を半分負担する気があるのか、どうせならば、そこまで踏み込んで書いて欲しかったと思う。女の子達があこがれ、ぜひ彼氏になってもらいたいだろう最強の勝ち組男=東大の文武両道のイケメン君をわざわざ例に出したのだから。

が、そのイケメン君は、「美人な子」でもなく、「綺麗な子」でもなく、「かわいい子」という言葉を使ったということは・・・もしかしたら、お料理などが得意な家庭的なかわいい奥さんを望んでいるかもしれない。東大で文武両道の勝ち組男だから、きっと仕事もできて、バリバリ稼ぐだろうから、妻の収入など望んでないだろう。それよりも妻には、家事をきっちりやってもらい、家庭を守ってほしいかもしれない。

そう、勝間さんがおすすめする「クリンクリンのセミロングでピンクの服とスカート姿の女の子」は、なんだか、ちょっとかよわくて家庭的な匂いがする専業主婦志向の女の子って感じだ^^;
少なくともバリバリ働きますっていう雰囲気はない。男性もそういうつもりで見るかもしれない。

だから、東大のイケメン君が望む奥さん像については、勝間さんは書けなかったのかもしれない?
なにしろ女の子たちに「専業主婦になるな」と説いているのだから・・・

けど、多くの男性に好かれる女性の外見ということで、勝間さんは「クリンクリンセミロングで、ピンクの服とスカート云々」をおすすめしているのだから、もし多くの男性が「家庭的なカワイイ奥さん」を望むのなら、女の子たちがそれになびくのは仕方ないかもしれない・・・^^;

そういう意味で、「結局、女はキレイが勝ち」は、ちょっと、ちぐはぐな感じもする。

それに、勝間さんは仕事に行くのにパンツスタイルで自転車を乗り回していなかったっけ?自転車こぐのに、靴もスポーティーなものを履くだろう。自転車で仕事場を移動、というのが、勝間さんの売りであり、体力づくりに役立っているということだったはずだが・・・

今はどうしているのだろう・・・女性にスカートをはくことをおすすめしているのだから、自転車を乗り回すなんてことはしてないのかな。
それとも、パンツ姿で自転車で移動し、仕事するときはわざわざスカートに着替え、靴も履き替えるのかしら・・・?
そして、また移動の時は動きやすいパンツ姿に着替え、靴も履き替える・・・
となると、仕事に行くのに、着替えの服や靴を持ち運ばないとならない。

でも、それって、とても効率悪いような・・・
少なくとも、一般の女性にはマネできない。

そして、なんといっても・・・
専業主婦業はリスキーな生き方でおすすめしないというのならば、なぜリスキーな起業を若者にすすめるのだ?(ひろゆきさんとの対談で、勝間さんは「若者に起業を」と訴えていた)

リスクを恐れるな、というのならば、専業主婦にあこがれる女性がたくさんいてもいいのでは、と思う。
リスクを最小限に、というのならば、若者に起業をすすめてはいけないのでは、と思う。

いや、ハイリスクハイリターンだから、起業の場合、もし上手く行けば、リターンが大きい、と考えるとしよう。
そして、専業主婦はリスキーなわりには、リターンが少ない、と考えられるかもしれない。
しかし、その人にとって、リターンとは何も「お金」だけじゃないかもしれない。家庭的な暮らしが、その人にとっての最高のリターンかもしれない。

ということで、勝間さんの考え方・・・つまり「こうしたほうがいいという理由付け」にちょっとご都合主義的なものを感じたのだった。

それにしても・・・専業主婦になったときのリスクは高いのか?であるが・・・
そのリスクとは、夫と上手く行かず離婚になる、あるいは夫が失業、病気などで働けなくなる、あるいは夫と死別・・・だろうけど、そうなる確率は、若者が起業して失敗する確率と較べてどうなんだろう、とふと思ってしまった。このへんのことは、よく分からないが・・・離婚件数も高いが、倒産件数も高いよな・・・

そして、もうひとつ、この「結局、女はキレイが勝ち」で、ちぐはぐだな、と思ったことは・・・
勝間さんがおすすめする「男にウケるというクリンクリンの巻き髪セミロングとピンクの服とスカート姿」・・・でも、たぶん重要な仕事を任せようとするとき、第一印象として、そういう姿の女性には任せたいとは思わないかもしれない。
仕事の場では、ショートカットでダーク色のカッチリとしたパンツスーツ姿の女性のほうが頼もしく、仕事ができそうに見えてしまい、そっちに任せたいと思ってしまうのではないか?
もちろん、あくまで第一印象だが・・・でも「まずは外見」なのだから、第一印象というのはとっても重要だろう。

いや、勝間さんが「男性にかわいがられるように振る舞い、仕事は程ほどに、稼げるダンナと結婚して専業主婦を目指すことこそ女の花道」と説いているんならばいいだけど、そういう生き方には反対し、女性も仕事をして稼いで年収600万円以上目指そうって言うから・・・
やっぱり、この点も、ちぐはぐな印象をもったのだった。


ところで・・・話は変わるが、あるサイトでこんな言葉があった。
「おしゃれとは、自分を飾るためにするというものよりも、他人からナメられないようにするもの」

うーむ、なるほど、たしかにそれも言えるかも。
相手に失礼にならないように、相手に気分良くなってもらうというのもあり、そして、相手になめられないようにするというのもあり・・・武装するって感じなのかな。
なめられる、というのも、たしかに損だ。得をするんじゃなくて、損をしないため、自分を守るため、という捉え方・・・「女はキレイが勝ち」から、いろいろ考えさせられた。

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余談

前日記「結局、女はキレイが勝ち」http://kayashi.blog.so-net.ne.jp/2010-05-10

【いや、恋愛の場だって・・・素顔や普段の姿を見せなきゃいけないときがきたとき、あまりにギャップがあると、相手はびっくりしてしまい、悪くすれば、覚めてしまうのでは、と思う・・・あまりキレイに化けるのも、考え物かもしれない。もちろん、元がキレイであれば、なんの問題はないのだが^^;】

と書いたが・・・それに関連する面白いサイトがあったんで紹介しよう・・・→http://news4vip.livedoor.biz/archives/51539449.html

自分も、素顔は見慣れているはずだけど、ほんと醜いよなー、と改めて思ってしまった^^;
なので、普段、化粧なしで、そこいらに出るときは帽子を目深にかぶり、できるだけ顔を見せないようにしないと^^;
「みっともない姿というのは、他者に対しても失礼にあたる」ので、ほんとうに気をつけよう・・・
いやあ、持って生まれた素顔をさらすことが人に対して失礼にあたるって、なんか悲しいって思っていたけど、素顔はできるだけ見られないようにしないといけないね^^;

つばのある帽子、活用してます^^;マスクすると完璧です^^;帽子はもう手放せません。

すると、男性ってすごいよなー。べつに化粧しているわけじゃないのに、イケメンさんがわりとたくさんいたりするし。充分見られるフツメンさんもたくさんいるし。
いや、女性に対する美の基準が高すぎるのかもしれないが。

ということで、あまりに化けすぎると、相手の前で化粧落とせなくなるっていうのが、ほんと分かる・・・自分がガックリくるんだから、そりゃー、相手はもっとガックリくるだろう・・・
かといって、醜いのに化粧薄いと、ちゃんと化けられず、醜いまま、という悲しい現実もあり・・・私も、まさに香山リカさんの帯のコピー「キレイでない私も生きていていいですか」な気分ですね。
つうわけで、結局、「女は化粧なしでキレイが勝ち」っていう厳しい現実があるのでした。

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「結局、女はキレイが勝ち」その1 [雑記]

前日記「自信とコンプレックス」http://kayashi.blog.so-net.ne.jp/2010-05-05の続きといえば続き。

勝間さんの「結局、女はキレイが勝ち」を図書館で借りて読んだ。感想は「納得はできるんだけど・・・」「まあ、そりゃそうなんだろうけど・・・」てな感じかな^^;

それに、もし20代の若い女性たちに向けて書かれたんだとしたら・・・勝間さんに言われるまでもなく、すでに多くの女の子はキレイになるために多大なる努力しているだろう。その上で、キレイかそうでないかの差があるのだから「結局、女はキレイが勝ち」と言われてもな、と。

もちろん、勝間さんは「過去の自分よりもキレイになろう」という「あくまでも自分比でのキレイ」を目指そうとおっしゃっているが、周りの人たちはやはり「周りと較べてキレイか、キレイでないか」を見るだろう。「過去の自分と較べて見て欲しい」といっても、よほど自分に興味を持ってくれている人でないと、そんな見方はしてくれないだろう。現実は厳しいものである。



あ、そうそう・・・「キレイ」の努力が、百害あって一利なし、ということもあるようなので要注意だ。
「結局、女はキレイが勝ち」にも書いてあった「顔のマッサージなどの努力」は、しないほうがいいかもしれない。

NHK「ためしてガッテン」の番組で、以前「顔の染みについて」やっていたが、マッサージをすると、肌の下の繊細な毛細血管を傷つけ、メラニンを刺激し、それが「染み」になるそうで・・・マッサージは顔の染みを濃くし増やすだけのようだ。「ガッテン」は科学的根拠がしっかりした番組なので、ウソではないだろう。

思うに・・・あんまり化粧に凝って、肌をいじると・・・肌を刺激することになり、つまりメラニンを刺激し、染みの原因になるかもしれない・・・それに、肌荒れの原因にもなるし。

というわけで「キレイの努力」について、であるが・・・
私は、外見は人に不快感を与えないくらい(不潔ではないくらい)でいいのでは、と思っていたが、勝間さんによると、それではダメなようである。

いやあ、女性は大変だ・・・外見にかなり気を使い、キレイになって、仕事もバリバリ、それだけも忙しいだろうに、さらに結婚し子供を持って、努力していくのは本当に大変そう・・・これらを全てやっている人は本当に偉いと思った。

人の外見、見かけは本当に重要らしい。(ま、それは分かるのだけど・・・)
まずは人間関係はそこからスタートということで・・・外見が悪いとかなり損をするようである。

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自信とコンプレックス [人生・生き方・生活・人間関係]

勝間和代さんのブログにある【挑戦する数が多ければ、失敗も多いが、成功することも多くなる。よって、まずはたくさん挑戦しよう】という・・・つまり「数打ちゃ当たる」という考え方に共感はするのだが・・・↓
http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/private/2010/04/post-178c-1.html

「試行錯誤を繰り返し、失敗もするだろうけれど、でも、きっと自分はできる」という【自信】がないと、できないことである。自信がない人は、挑戦する気すら持てないかもしれない。

では、どうしたら自信をつけることができるのか・・・
「心がどうしても・・・自信持てない」という場合、「挑戦しないと何も始まらないと頭じゃ分かっているが・・・」というヤツで、難しいかもしれない。

でも、それはそれで「慎重」ということでもある、と思うのだ。
チャレンジの数は少なく、よって成功数も少なくなるかもしれないが、だからといって「不幸だ」とは言えないだろう。
チャレンジしない=チャレンジしないでいい、ということもでもあり、そういう選択ができるということは幸せなことである。嫌なのに無理やりさせられる、というのより、ずっと恵まれているかもしれない。

ああ、そうそう、別のところで、こんな記事もあった。http://www.webdoku.jp/tsushin/2010/05/08/123418.html
モテるには、とにかく、片っ端から誘ってみろ、そのうち1人くらいはYESという人もいる・・・まさに数打ちゃ当たる・・・同じ理屈だね。

ただ、やはりエネルギーいるし、そこまでして【欲しいのか】ということなのかもしれない。
彼氏彼女を作り、いちおう「お付き合いするとこ」までいけば「恋愛した」ということになるのかしら。ま、でも関係は長続きしない感じがするね^^;すぐに飽きてしまい、また次の人にチャレンジしていくんだろうね^^;

さてさて、話を元に戻して・・・
ちょっと前のネタになるが、「勝間和代VS香山リカ」について、なるほど、と思った記事があった→http://blog.goo.ne.jp/cqad/e/8d8f4a9dacb8180f3c7c5b8125f55f89
この記事にも共感した・・・私もやはり勝間さんは「強者」だと思う。自信があんまりない人には、勝間さんの考えに、頭では分かっちゃいるが心はついていけないかもしれない。

そこで、自信喪失している人へ↓この本をおすすめしたいと思った。

最初から中盤くらいまでは、主人公のどん底の欝的状況が続き、なかなか好転せず、世間で言うところの成功には程遠く、ただ生活するのも大変といった状況・・・(だからこそ、自信喪失の人には共感できるところもあるだろう)、ほんとうに【生きる】って大変なことだな、と思った。でも、なんだか生きることだけでも、すごいことなのだ、とも思える。
生き方指南の本よりも、こういった小説のほうが共感でき、勇気をくれる場合があるかもしれない。


さてさて・・・
自信をもちたいのに、コンプレックスというやつが邪魔をする。
そこで、コンプレックスについて考えてみた。

人の生き方にケチをつけたがる世間様(メディア・著名人の発言ももちろん入る)に、屁理屈並べて反論するのが趣味と化してしまったブログであるが・・・ネットをやってみると、いろんな人のネガティブな部分、コンプレックスにも触れることができ、わりと共感してしまう。

コンプレックスはそう簡単に克服できないし、自信を奪う。
そして、そのコンプレックスは優劣付けたがる世間様(周囲)の口出しにより、ますます強まるのかもしれない。

もちろん、コンプレックスこそ原動力という強い人もいるだろう。
おそらく・・・勝間さんもそういうタイプなのではないか、と思う。
「コンプレックス」でさえプラスに捉え、己の成長に利用し、「コンプレックスをいかに克服するかが楽しい」と言いかねない・・・気がする。

そんな超プラス思考の勝間さんの哲学、考え=勝間理論も納得できるのだが、やはりそれは「自分に自信を持てる強者」の論理なのかもしれない。

勝間さんを信奉するカツマーの人たちも、基本的に自信をもっている人たちだろう。
「自信がないなんて甘えている。結局、努力しないための言い訳」と思っているかもしれないし、実際、そうかもしれない。

が、そんな強者の論理ではなく・・・
自分に自信が持てず、世間から見下され批判されがちな、世間で言われるところの「負け組」=「弱者」の視点で物事を見てくれる香山さんや益田ミリさん、中村うさぎさんの考え、哲学にも共感でき、救われる部分がけっこうある。

とくに、私は、益田ミリさんと中村うさぎさんに注目している。
益田ミリさんの「すーちゃんシリーズ」は、どちらかというと世間から批判されている側、かわいそうだと下に見られる側からの視点に立っている、という点で・・・
中村うさぎさんは、自らのコンプレックスを正直に告白し、それを客観的に論理的に分析し、それにより世間のおかしい価値観がかいま見えてくる・・・中村さんも、世間から下に見られる側の視点から物事を分析してくれている、という点で・・・この2人の著書には、勝間論にはない考え方がある。

自分に自信がもてるかどうか・・・これはもう育った環境と、人に認めてもらった(褒められた)経験の多い少ない、否定された(あるいはバカにされる、いじめられた、嘲笑された)経験の多い少ない、そして性格で決まるものなのかもしれない
私も自信はないほうで、どちらかというと卑屈になりがちだった・・・なので、ネットで他の人のブログなどを見ると、「私もそうだった」と共感し、考えさせられてしまうのだ。

というわけで、私も決して真の「カツマー」にはなれない。なりたくてもなれない。

やはり「自分は劣った人間である」という思いからは逃げられないし、劣った部分をなんとか努力して克服してみせよう、という気にもあんまりなれない。でも、こういう人、けっこう多いのでは、と思う。
そういう人は「コンプレックスを克服するための大いなる努力」はできないだろう。まず自分を認めることができないのだから。

なぜ、そうなってしまったのか・・・たぶん、どちらかというと否定され、嘲笑された経験のほうが多い(・・・というか、自分はマイナス経験のほうばかりが心に残ってしまうネガティブな人間なのだと思う)ので、自信がもてなかったんである。
おそらく今まで、自分なりに目的を達成しても、周囲に足りない部分を指摘され、「まだまだお前はダメなんだ」というネガティブ評価をされてきたことが多いので、「基本的に自分はダメである」と洗脳されているのかもしれない。これは染み付いてしまった性分なのだろう。

私だけでなく、謙遜社会の日本人にわりと多い気質かもしれない。

なので、世間から支持されるよう「まっとうと言われる生き方」をしている人たちは立派だと思いつつ、「世間から下に見られがちな人たちの嘆き」にも共感してしまい、ついついその立場から、世間様に吼えてみたくなるのだ。

そこで、こういう提案を世間様にしてみたいと思った。
「普通=できて当たり前」という生き方の基準をもっと下げて欲しい(笑)

どういうことを言いたいのか、説明しよう。

まず・・・
http://asaippoi.exblog.jp/13394327/に「昔はモテる人が特別で、モテないことが普通だったのに、今は、モテないことが否定的に見られている」というようなことが書いてあり、「なるほど、たしかにそうかも」と頷いてしまった。

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