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家族という病2>不倫は純愛? [本・テレビ番組・ドラマ・映画・マンガ・アニメ]

追記


下重さんの本の内容と反対のことを書いた本のよう。
いやあ、これもねえ・・・「家庭ほど安らぐ場所はなく、夫婦ほど支え合える関係はない」という煽り文句に、いやいや、そういう人もいるだろうけど、そうじゃない人もたくさんいるだろう。だから下重さんの本がベストセラーになるのだ、と思った^^;
で、下重さんほど売れてなさそうだし。
従来の古い価値観の内容の本みたい。こっちの価値観も息苦しそう。

というか、安らげる・支え合える配偶者を見つけて結婚できればもうけもの、幸運、ということで。
逆にいうと、そういう人が見つからなかった場合、結婚しないほうがいいということかもしれない。
あるいは結婚してみて、そうでなかった場合、離婚してやり直した方がいいのかも。
ただし、子どもは産んでみて、ダメだったら、やり直し・・・なんてことはできないので、そこは覚悟がいるのかも。
不幸になる場合も大いにありえるということで、下重さんの本が売れているのだろう。

ただ、下重さんも、子どもはいらないけど結婚はした方がいいという考えのようだけど。
(結婚したほうがいいというのであれば、子どもはもったほうがいい、と言われるのは仕方ないのでは、とも思う。こういった人って、自分の生き方は正しい、考えは正しいと思いたがる一方、他の生き方を批判し、認めたくないのかなあ。他を認めたくないってことは、それだけ余裕がないということなのかもしれない。金美麗さんも下重さんも、どっちもどっちに思える^^;)

ま、本は売れた方が勝ちということで。話題になるように、過激に演出しているのだろう。(アマゾンで同じような内容の本が並んでいるけど、「おとなしそう」・・・これだと話題にならず売れない)

・・・・・
不倫報道が続いた中、朝日新聞で「家族という病2」(下重暁子氏)の広告がでかでかとあって、その中に第三章「不倫と家族」のなかの「不倫こそ純愛である」に、失笑した。

じゃあ、乙武氏の不倫も、宮崎元議員の不倫も、ゲスの川谷氏の不倫も、あと桂三枝なども、あれは純愛なのか???
純愛なら、なぜその愛を貫かない?

今の配偶者との関係を清算し、莫大な慰謝料を払って、不倫相手と一緒になればいいではないか。
そもそも不倫相手の方もそこまで覚悟しているのか?

ゲスの川谷氏も、ベッキーとの愛を貫けばいいのに、貫くほどのエネルギーはないみたい?

下重さんの本を読んでいないので、こういったことを書くのは間違っているかもしれないけど、
この広告内容を見る限り、一応下重さんは不倫を純愛と捉えていると見ていいんだよね?

いやあ、不倫は遊びでしょ。ちょっとした刺激、遊び。そう捉えている人の方が多いのでは?
覚悟をもって不倫している人って、あまりいないのでは?

家庭を捨てる覚悟もなく、相手の人生を背負う覚悟もなく、単に浮気して楽しむことの、どこが純愛?
というか愛って何だろう???

もちろん、不倫相手に本気な人もいるだろう。、離婚をし、不倫相手と一緒になる人もたまにいる。
「赤毛のアン」の翻訳者。村岡花子氏も、そうだ。
NHKのドラマでは、相手の男性に子どもがいない設定になっていたが、実際はいたそうだ。

相手の男性=村岡氏に病弱の妻と、小さな子どもがいたが、村岡氏は花子さんと真剣な恋愛=不倫をしていたが、村岡さんの妻は死に、村岡さんは花子さんと結婚。しかし、その亡くなった妻と自分の子どもは引き取らなかった。子どもは最初は親戚に預けられ、後に教会に預けられ、震災で亡くなった。

さて、村岡さんと花子さんは純愛だったかもしれないが、前の奥さんの子どもを犠牲にしてでの純愛ということになる。

子どもは父親である村岡さんに捨てられ、最後は教会に預けられ、震災で亡くなってしまったのだ。(たしか9歳だったかな)

村岡氏と花子さんの純愛。でも、捨てられた子どもの視点で見れば身勝手で残酷なものだよな、と。

不倫の果てに結ばれた村岡さん夫婦は、子どもを引き取るほどの覚悟はなかったようだ。
覚悟がない愛は純愛とは言わない気がする。

というか、子どもを犠牲にしても、純愛と呼ぶのだろうか。ならば純愛は決して美しくないよな。
で、下重さんも、旦那さんがもし浮気したら、それを純愛と認めるということなのだな。(というか、自分の不倫は純愛なのかな?)

てか、なぜ下重さん、結婚したんだろう??? 不倫を純愛とするならば。

※本を読んでないので、本当に「不倫こそ純愛である」と言っているのかは、確認してないです。新聞の広告の目次、項目にそう書いてあったので、そう捉えてます。・・・・・・
余談。

「子どもをつくらない人生を選んで何が悪い」という項目もあった^^
これは分かる。

こういった本があると、ますますそう思う。


そういえば、女子中学生を拉致して監禁した犯人の千葉大の学生について、尾木ママが「親の愛が足りなかったのでは」などとコメントしていた。
いやあ、あれは本人の生まれ持っての性質では、と思っているけど。
今は子どもが犯罪者になるかもしれないと心配しながら育てる時代。そりゃあ、少子化が進むよな。
子どもを育てる自信のない人がたくさんいても不思議ではない。
下重さんも自信がなかったのだろう。いや、それはそれでいいと思う。
自信がないのに無理してチャレンジすることはない。まあ、子どもに何かがあると、まず母親のせいにされるからな。
子育ては基本、自信がある人、そして覚悟がある人がやればいいと思う。

それに現実問題、やっぱ仕事か育児化どちらか選ぶことになるのだろう。両立は険しい。こちらも覚悟が必要だよな。


余談その2

何しろ読んでないので、目次の項目から内容を推察している「家族という病2」だが・・・

もう一つ、項目タイトルに「明治時代の男女に一本筋が通っているわけ」というのがある。

いや、明治時代の皆が皆、そうだとは思わない。
逆に今の時代だって、筋が通っている人はいるだろうし。
関係ないのでは? 人によって違うだろう。

それと明治と今とあまりに社会が違いすぎる。明治時代を持ち出しても意味がないだろうに。

明治は、男性に愛人がいてもおかしくない時代。2号さん、3号さんがいてもとがめられない時代だ。
そして女性だけに姦通罪があった。
また女性は結婚しなくてはいけない、そういう圧力がすさまじかった時代だ。
1906年生まれの丙午の女性は、丙午は夫を食い殺すとの迷信から、丙午女性は嫌悪され、そのため丙午生まれの女性の自殺が多発していた時代でもある。
子どもを産めない女性は「石女」と言われ、離縁されても仕方なかった。
結婚も親が決めた相手とするのが当たり前。
そんな時代と今を較べて、「男女に一本筋が通っているか、通っていないか」論じるのは無意味だろう。

今から見れば、男女関係、夫婦関係について、あまりに女性に厳しい時代だった明治。
耐えるしかないだろう。耐えられなければ自殺だ。
明治の家族だって、悲惨なところは悲惨だろう。お嫁さんの立場なんて弱いし。

また「幸せな家族なんて存在しない」と言い切っている「煽り文句」に、あらあら言い切っちゃって・・・と苦笑。
幸せな家族もいれば、そうでない家族もいる、これが実態だろう。
明治の男女が全て一本筋が通っているわけではなく、そうでない人もたくさんいただろう、今の時代でも一本筋が通っている人もいれば、そうでない人もいるように。

こう【言い切ってしまう】人生指南の著者って・・・すごいな…ある意味。よほど自分の見方、考え方、価値観、生き方が正しいと自信を持っているのだろう。ある意味うらやましいが。その自信が。

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