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ラノベと小説>とある飛空士への夜想曲、他作品>千々石にベジータを見るw [本・テレビ番組・ドラマ・映画・マンガ・アニメ]

※「とある~」ほか、いろいろな小説、ネタバレしてます。

「とある飛空士への夜想曲」を読み終わり・・・一番、困ったのが、ほかの小説のお話が物足りなくて、つまらなくなってしまったことだ^^;

そもそも種類が違う「まったり系、ほのぼの系、コメディ」と較べるべきでもないし、「それはそれ、これはこれ」で楽しむものだけど、こういった作品の物語性をうすく感じてしまうようになり、とりあえず、ななめ読み・・・続きを読むのも億劫となってしまった。楽しみにしていたはずの小説(「メディアワークス」なのでライトノベルに入るのかな?)だったのに。

なんてこった、大半の作品がおもしろくない、ものたりない、入り込めない・・・

また、同じ種類=戦闘テーマのお話、「土漠の花」(一般の文芸書・小説。ラノベではない)もつまらなく感じ、『とある~夜想曲』の足元にも及ばなかった。

この「土漠の花」・・・そうそうたる人たち(見城徹氏は号泣・・・まあ、見城さんはこの本の出版元だから当然として・・・秋元康氏は絶賛)が褒めているんだけど・・・
う~ん、私の感覚がずれているのか?

「土漠~」の場合、仮に「とある~」を読んでなくても、つまらなかった気がする・・・
次々、自衛隊員の方が戦闘で死ぬのだけど、心に残らない。

「とある」の主人公・千々石の死が衝撃的で(覚悟はしていたが)、心に残っただけに・・・この差は何なんだろう、と思ってしまった。

おそらくキャラクターの描き方で、密度の違いが出た感じがする。

見城氏、「土漠」で本当に号泣したのか?

ただし、「とある~夜想曲」も、主人公以外のキャラの死については、私はあまり心に残らなかった。
下巻から登場する主人公の同期2人の死にいたっては、あっけなく思った。
上巻から登場していた主人公の部下2人の死についても、「ああ、部下が死んだか。これでもう主人公の死は決まったか・・・」と、まずは主人公のことが心配になってしまった。

キャラクターがどれくらい描かれているかで、「死」のインパクトも違ってくるのだろう。

というわけで、私の正直な感想。

「とある~夜想曲」>>>>>「土漠の花」


ただ「土漠」は、主人公は死んでないからなあ。較べるのは酷かもしれないけど。

主人公、あるいは主要キャラの死、というのは、わりと「心を動かされやすい」し、特に主人公の死は受け手にインパクトを与える。

「獣の奏者」(完結編)は特にそうだった。主人公の死は予見できなかったので、インパクトが強かった。レビューにも「ショックだ」という感想が多く見受けられる。

「~夜想曲」「永遠のゼロ」は主人公の死を予見できる。
「助かってほしいなあ」という気持ちがあるので、ショックは受けるが、
「獣の奏者」の主人公の死は「えええ? うそ~」という感じで、大ショックだった。

うん、「~夜想曲」=「永遠のゼロ」=「獣の奏者」(完結編のほう)
私的に、この3つは並ぶかな。
まあ、僅差で「永遠のゼロ」よりも「夜想曲」が好きだが。
「~夜想曲」と「獣の奏者」(完結編)は完全に並ぶ^^

(ああ、なのに、なんで「夜想曲」は、「永遠のゼロ」「獣の奏者」ほどに話題にならないのだ?)


そうそう、前の方の記事にも書いたけど・・・
小説ではないが、ジブリ映画の「風立ちぬ」について。

ヒロインの死にいたっては、まるで何も感じなかった。主人公も悲しんでいる様子が描かれなかったし・・・あまりに淡々としすぎ。人間味がうすい。全く共感できない、というか、何を共感していいんだか分からないお話。

戦争の悲劇もそれほど描かれていない。

それでいて、戦争の悲劇を主人公は口にする。
飛行機=戦闘機を作ったのは、ただ夢を実現したかった、と、のたまう。それも淡々と。
主人公は、人殺しの戦闘機を作ったつもりはないらしい・・・きれいごとだな・・・

このアニメ・・・もはや「きれいごと」を通り越し・・・よく分からない、一体、何が描きたかったんだろう?

戦争や死、恋愛を扱いながら、これほど、つまらなく、うすくて、心に全く残らない、訴えるものがない、人間が描かれてない、ドラマのない物語はちょっとめずらしいのでは、と。

あえて正直な感想を。同じく「とある~夜想曲」も、戦争、恋愛、死を扱っているが・・・・

「とある飛空士への夜想曲」>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>ジブリの『風立ちぬ』

「>」の数、もっと増やしたいくらいだ。


なのに、何度も言うが、なんで「とある~」がもっと話題にならなかったのだ・・・と思ってしまう。もっと一般的に広がってもいいのに・・・
やっぱ「ラノベだから、一般の人が手に取らない」っていうのもあるのかもしれない。

そういえば私も・・・世に出回っているラノベは、よほど話題にならない限り、手に取ることはない。

なので「とある飛空士への~」との出会いも偶然と言えば偶然だった。

中山七里の「追憶の夜想曲」(これはおもしろかった)を検索していたら、たまたま「とある~追憶」「とある~夜想曲」がひっかかった。

けど、そこで、もし【よくあるラノベのイラスト表紙】だったら、私は「とある~」に興味を示さなかっただろう。

(ラノベが小説より下と言っているのではない。感覚が合わず、私が苦手なだけだ。それに漫画的な小説は基本的に好きである。ライトノベルにカテゴライズされない「トッカンシリーズ」「3匹のおっさん」など、けっこうある)

「とある~夜想曲」の表紙が、「よくあるライトノベル風のイラスト表紙」じゃなかったので、目に留まった。



これ、漫画の表紙なら普通だ。けど「ラノベ」では異例だ。

右に至っては「女」がいない。「男のみ」というのはラノベ表紙では稀だ。(男性読者が対象の場合)
「男のみ」だとしても、メディアワークスの「零能者ミナト」のような「キレイなイケメン」ならともかく・・・、
男臭いオトコが一人で表紙を飾るなど、かなり、めずらしいのではないか。

(ちなみに、私は、キレイなイケメンより、千々石みたいなのが好きだが)

メディアワークスは「脱ラノベ」(というか、今、出まわっているラノベよりも、大人の一般読者をターゲットにしている)を目指しているそうで・・・メディアワークス文庫は「よくあるラノベ表紙ではない本」も多い。主人公も社会人OKだ。

なので、メディアワークスはラノベの中でも異例。小説に近いラノベと捉えている。
だから、私はメディアワークスのほうは、たまにチェックする。

一方、「とある~夜想曲」は「ガガガ文庫」だ。「ガガガ」のほかの作品を見たら「ラノベど真ん中」である。「とある~夜想曲」が異例だ。


話を戻す。「とある~の表紙」について

この男=千々石を見て、ベジータを大人っぽくした感じに見えた^^;
性格もおそらくベジータタイプだろう、と。

で、「女の子たちメインのよくあるラノベ」ではなく、少年青年漫画に近い雰囲気を感じたので、興味を持ったのだ。

左の表紙も、パッと見、千々石は20代後半に見えてしまった。いや、これ30代でも通じるのでは。
手前の女性も、いわゆる「女の子」というよりも、「大人の女性」に見えた。

この絵で主人公とヒロインの年齢は、まさか10代ということはないだろう、と、ここでも興味をひいた。大人っぽい物語を期待させた。

だが、「とある~」について調べてみると、「~追憶」を先に読め、という意見が多く、「追憶」を調べた。

「追憶」はその人気から「劇場版アニメ」にもなっていることを知った。
「追憶」のほうが、「夜想曲」より、話題になった、面白い、人気をとった・・・という感触だ。なので、まず「追憶」を選択した。
1巻で終わる、というのも大きかった。

ここで、もし「追憶」がつまらなければ、私は「夜想曲」を読まなかっただろう。

が「追憶」に感動したので、これなら「夜想曲」を読んでみたい、と思い、「夜想曲」を読んでみたら、まあ、なんということでしょう~。「追憶」よりも好きかもしれん、感動した、すばらしい、はまった・・・という結果になった。


「飛空士への追憶・夜想曲」は、よくある「ラノベ風なお話・キャラ・のり」じゃないところが良いのだ。

夜想曲に限っては、
主人公が22歳~23歳。ヒロインも20~22歳。
子どもの時の話はあるものの(主人公14歳、ヒロイン12歳)・・・

で、男キャラが多い。女はヒロイン一人だけ。

これは、10代後半から20代の男性を読者ターゲットにしているラノベでは、めずらしい。

ラノベでは、主人公は10代がのぞましく、20代だとしても大学生まで。社会人不可。ファンタジーであれば、主人公20代はありえない・・・ようだ。

一方、青年(成年)漫画なら、20代前半から後半の主人公は普通にいるし、社会人キャラも多い。
で、女キャラは少なく、男キャラが多い作品は普通にある。(恋愛コメディのぞく)

だが、ラノベでは女の子キャラは多い方がいいらしい。女はヒロイン1人だけというのは異例のようだ。

レビューや感想などチェックすると、「よくあるラノベは飽きた」「お腹いっぱい」「ハーレム、萌えはいらない」という意見もよく目にする。
なのに、何でラノベって、漫画みたいにジャンルが広がりがないんだろう・・・
見かけるラノベって、みんな似たような印象。

メディアワークスのみ、ラノベと小説の中間をねらっている、今のよくあるラノベから脱しようとしている、ラノベではない漫画風の小説を目指し、読者層を広げようとしているのに・・・なんで、ほかの大手出版社はメディアワークスみたいな挑戦をしないのだろう。
漫画のように広い層に興味を持たせるようにしたほうがいいのでは、と思うのだけど。

いかにも「ラノベ風」というような本を敬遠する人は意外と多い気もする。私もその一人だ。

「とある~」でさえ、「恋歌」と「誓約」は表紙のイラストから「10代くらいの女の子がたくさんいる、よくあるラノベ臭」を感じ、私は「合わないかも・・・」と手を出さないでいる。「追憶」と「夜想曲」がこれほど良かったにも関わらず。

・・・・・・

ところで「夜想曲」を手放しで称賛しているけど、
12歳の時のユキ=ヒロインのほうは「大人な振る舞い」をするのに、20歳の時は、千々石に対し「バカバカバ~カ」と子どもっぽいセリフを口にするのに違和感もった。

このヒロインの子どもっぽいセリフは、「ラノベ風の女子にしないといけなかったから」なのかしら?
「バカバカバ~カ」と口にする20歳・・・無邪気というのとは、また違う気がする。

20歳のヒロインの「バカバカバーカ」と「バカ」が何度も繰り返される子どもっぽいセリフはひっかかった。(ま、高校生くらいまでかな^^;)

「ラノベ」というジャンルが、そうさせてしまった(そうせざるをえなかった)気がするのは、うがった見方かしら。
もし「ラノベ」という縛りから、そうなってしまったんだとしたら、残念に思った。

作者の犬村小六さんのライトノベル第一作「レヴィアタンの恋人」のあとがき読んだので、よけいに・・・邪推してしまう^^;(古書店で「あとがき」だけ立ち読みした^^;)

そのあとがきによると・・・
犬村氏がこの『レヴィアタンの恋人』を各出版社に持ち込んだところ、「(今流行の)ラノベらしくない」「萌えがない」=女の子キャラがライトノベル読者好みではない、と多くの編集者らから言われ、原稿を突き返されたらしい。


私は、ライトノベル風の少女たち(幼さを演出したロリータ、失礼な言動のツンデレ、お姉さま、オドオド型で大人しい、無表情の綾波レイ型など)類型キャラに感情移入や共感できることはほとんどなく、物語に入り込めない。

この手の少女は「はるひ」「エヴァンゲリオン」で、もう十分では、と。
いや、この手のキャラは魅力あるから、あちこちで使われるのかもしれないが。

戦闘好きで強気でちょっと自分勝手で誇り高い千々石は、ま、ベジータ型で、これだって少年漫画の世界ではよくいるキャラだけど、この手のキャラは「お腹いっぱい、飽きた」とは、ならないのだ^^;

ま、私がベジータ型が好きなように、「ツンデレ型、綾波レイ型、ロリータ型」キャラが好きな人も多いのだろう。

あ、けど千々石は、ベジータよりは素直だし、お礼も言うし、ベジータよりも大人ですが。

で、「夜想曲」のヒロイン・ユキについても・・・「バカバカバーカ」など一部のセリフは気になったものの、全体的には共感、感情移入できるし、いいキャラクターだと思う。最後の方はやはり切ないしね。

・・・・・・

「とある~追憶、夜想曲」・・・「ラノベ」だからこその設定だな、と思ったところについて。

空母・戦艦が空を飛ぶ・・・つまり、あのような重いものを空に浮かべることができる技術を持っているのに(空母や戦闘機は電力で飛んでいる)

「追憶」では、皇妃候補の姫=ヒロインが馬車にのっていたり(自動車じゃないのか・・・トップクラスの大金持ちが馬車を使っているなら、自動車はない? 少なくとも一般的に普及はしてないようだ)、

「夜想曲」では少年・千々石は炭鉱で働いている。(一般社会では石炭を使っているのか・・・ちなみにレコードは蓄音機でまわす・・・エアコンはないようだ)、

水素電池によって戦闘機や空母は空を飛ぶことができるらしいが、地上の一般社会の、ほかの技術は前時代的だ。

こういった世界観について、ひっかかりは覚えたものの、ファンタジー要素の強い架空世界ということで、そういうのもあり、と思うことができる。

ラノベはそれだけ「自由な設定」であっていい、ということだ。

ライトノベルは、一般の小説に較べ、ある程度「ご都合主義が許される」「リアリティが多少、なくても許される」「漫画的」な気がする^^

これは「小説>ライトノベル」というのではなく、ライトノベルは「より自由に物語を作れるジャンル」なのだと。

が、実際は小説よりも、そして漫画よりも、「縛りが厳しい」気がする。

10代~20代読者向けとなっており、読者層は漫画より狭そうだ。

男性向けの場合、女の子キャラは複数。萌えがないとダメ。ツンデレ、お姉さま、綾波レイ型など定型キャラがそろっていることが望ましい。
主人公は10代、どんなに歳くっていても大学生まで。
ファンタジー(SF)と恋愛ものがほとんど。似たり寄ったりという印象。

これが一般の人から「小説>ライトノベル」と思われる一因になっているのでは、と。

小説とライトノベルの境界線上の作品もあるけれど、そういう作品がもっと増えれば面白いだろうに、と。

ライトノベルの中にも『~夜想曲』のような作品があるのだ、ということで、小説とライトノベルの境界線がなくなっていけばいいのに、と・・・。

※ちなみに、ご都合主義はあっていいと思う。矛盾もある程度、仕方ない。

「獣の奏者」だって、主人公エリンは当初、王獣に耳栓をして飛ばしていた。だれかが吹いた「音なし笛」を聞いた王獣が硬直してしまわないように、墜落しないように。
なのに、途中から「ハープの音」で王獣を操るようになり・・・「耳栓はどうした?」と思った。

そしてラスト、音なし笛を鳴らし、狂った王獣を硬直させ、墜落させるエリン。王獣もろとも墜落しエリンも死ぬ。「皆を助けるため、王獣を止める最後の手段」として、「音なし笛」を使う。
王獣に耳栓していなかったのか? いつから耳栓なしで飛ばすようになった?・・・ということを忘れてしまうくらいにショックであった。

獣の奏者だって、こういった「ご都合主義」があるのだ。で、おそらく、読み手はこういったことをあまり気にしない・・・のかな?



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