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感動しない臓器移植物語と感動した「とある飛空士への夜想曲」について [本・テレビ番組・ドラマ・映画・マンガ・アニメ]

改めて犬村小六の「とある飛空士への夜想曲」について。(ネタバレあり)


うむ、これも素直に感動した。ちなみに、アマゾンのレビューも「下巻」のほうが多く、5つ星だけど、私も下巻のほうで、ぐいぐい引き込まれていった。

けど、やはりその前に「~追憶」を読まないと、その面白さは半減してしまうかも。「追憶」からつながっているし、「追憶」を読んでないと、最初の方は「?」かもしれない。
もちろん「追憶」も良かった。素直に感動したぞ。


※私は右の単行本で読んだ。こちらのほうが改稿されているということで(『~夜想曲』と同時期に出版されている)、私としては右がおすすめ。

「夜想曲」も「追憶」も、人によっては「ベタな展開」「よくあるパターン、よくある展開」と言うだろうけど、「ベタな展開、先が見えてしまう話」で感動させる(キャラへ感情移入させる、キャラを応援したくなる)からこそ、すごいのだ。

こういうのを読むと、物語に「どんでん返しは必要ない」「先が読めても別にかまわない」と思ってしまう。
逆に感動させる方がずっと難しい。

で、どんでん返しを狙っても、けっこう無理があったり、矛盾があったり。
ならばキャラをじっくり描く方がいいのかもしれない。



※ここから先はネタバレ要素あり。

先が読めると言っても、「とある~」がすごいのは、こういうことだ。
「追憶」では、「二人は別れることになるんだろうな、でも一緒になれたらいいよね、一緒にならないのかなあ、そういう展開はやはり無理があるか」と思いながら、読み、んで終わりで「ああ、やっぱり」と思う。だからこそ「どんでん返しで一緒になれないのかなあ」と、最後まで引っ張っていってくれる。

「夜想曲」も同様。「死ぬんだろうな、でも生きてほしいよね。生き残らないかなあ。この展開では無理があるかもしれないが」と思いながら、読み、んで終わりで「あ、やっぱり」と思う。だからこそ「どんでん返しで生き残らないのかなあ」と、最後まで引っ張ってくれる。


ところで「夜想曲」のほうは、「永遠のゼロ」のライトノベル版と言われているそうだけど・・・ライトノベルではの良さがあると思う。
漫画的感性の私は「夜想曲」に肩入れしちゃうかなあ。「永遠のゼロ」ももちろん感動したし、良かったんだけど。

んで、ライトノベルによくある「萌え」とか「ツンデレ」も抑えてある。目立つ女性キャラはヒロイン一人のみで、少ない。
多少の漫画的なノリは、かえって私の好みだ。(萌えとツンデレはもうお腹いっぱい、かえって、このタイプのキャラが出てくるとその時点で白けてしまう)

つまり、萌えやツンデレがなく、漫画的なノリのライトノベルがあったらいいなあ、と思っていたら、「夜想曲」「追憶」が自分にヒットしてしまったのだ。

ところで、「夜想曲」は「追憶」のように映画にも文芸書にもなってない・・・どうしてだ? やはり「永遠のゼロ」があるから、なのか・・・「2番煎じ」と思われてしまっているのか? でも、2番煎じってことはないぞ。むしろライバルとの闘いや恋が描かれている分、漫画的ノリも求めている私は「永遠のゼロ」よりも「夜想曲」のキャラに感情移入できて、おもしろく読めたんだけどな。

そんなわけで「夜想曲」を応援したくなってしまい、こうしてネタにしてみた^^

ライトノベルは、今まで有名どころ「ハルヒ」「キノ」「バッカーノ」などは読んだことがある。これらは楽しく読めたけど、実は、ライトノベル=SFやファンタジーは苦手なほう。私は普通の小説の方を好んで読む。

で、「夜想曲」と「追憶」は、ライトノベルと小説の中間に位置する、と勝手に思っている^^

ただ・・・手放しで褒めている「とある飛空士~シリーズ」だけど、「~恋歌」はもしかしたら私には合わないかもしれない・・・(ファンの方、ごめん、あくまで私の感覚ね)
アニメで見たけど、魔法・超能力的な「風使い」の少女が出てくる段階で、受け付けなくなってしまった。登場人物がたくさんいるので、覚えられない。「夜想曲」や「追憶」と違い、ラノベによく見られる女の子キャラがゴロゴロいる。これは苦手とするライトノベルっぽい・・・

「追憶」と「夜想曲」は、そういった魔法の類は出てこない。主人公はものすごい才能と技術を持っているものの、主人公含め全員「普通の人間」である。

「~恋歌」は、なぜ一人の少女だけがあのような特異な力を持っているのかな、ということで、そこで止まってしまう。周囲の人たちも特異な能力=魔法使いであれば納得だけど。ただ、魔法ものや超能力物は苦手なので、私はその段階で敬遠してしまうだろう。(ハリーポッターでさえ、さほど面白いと思えなかった。小説に限っては、最初で挫折した^^;)

※なので「~恋歌」「~誓約」は読むのを躊躇している^^;

「追憶」と「夜想曲」が私の一押しだ。
今まで読んだライトノベルの中で、ダントツ。感動の域まで行ったのは、今のところ、この2作品しかない。

もち「所詮、ライトノベル」「漫画的」という人もいるかもしれないけど、私も一般的に出回っているよくあるタイプのライトノベル的なお話は苦手だ。(ライトノベルが小説より下と言ってるわけじゃない。漫画的なノリでサクサク読める小説は大好きだ。「トッカンシリーズ」「3匹のおっさん」もそのひとつだろう)

ただなあ、やっぱ主人公は幸せになってもらいたいよなあ、とは思う。(幸せの定義は何か、というのは置いておいて)

レビューに面白い意見が書いてあった。

女性にとっては、ファナとユキ、どちらが幸せなんだろう?・・・て。

ファナの場合・・・好きな男性とプラトニックラブまで、その後、お別れ。結ばれることはない。ただし男性は生きている。きっと、どこかで幸せに暮らしているに違いない、またいつか会えるかもしれない、と思う余地を残させてくれるケース。

ユキの場合は、好きな男性と結ばれ、子どもを手に入れる。しかし男性は死亡。二度と会えない。

私個人は、ファナケース。やっぱ生きていてほしいもの。んで、どっかで幸せになってくれればそれでいい。もしかしたら、どっかで会える余地もあるんだし。

ということで、主人公各のキャラは死なせたくないよなあ。

ま、左派から見たら、「とある飛空士の夜想曲」(ほぼ戦中の日本とアメリカがモデル。太平洋戦争をモチーフにしている)は、右傾化エンタメなのだろう。
(特攻する主人公を無駄死にさせていない。戦局を変え、終戦へのきっかけをつくった意味のある死にしている。恋人に「カッコいい」と言わせている=生き様がカッコよく描かれている=国のために戦うことや特攻を全否定していない。しかし戦争が悲惨であることは描かれ、戦争賛美しているわけではない。が、左派は賛美を捉える)

と「~夜想曲」を読んで、いろいろ思ったのでした。

あ、そうだ、零戦といえば、ジブリアニメの「風立ちぬ」・・・やっと見たのだけど、つまらない・・・ドラマがまるでない、おまけに主人公の声があまりに素人(エヴァの安野監督だからな)、あまりの酷さにびっくりした。
キャラに感情移入できないし、ヒロインも死ぬのに、何も感じなかった。
いやあ、普通、主要キャラの死って、もうちょっと心をゆさぶるものだが、まるでなし。
時間も長くて、見るのが苦痛で、何度もやめようと思った。だから「ながら見」
いっきに見ることできず、ごはん食べる時、10~15分ずつ見た。途中から早送りで。
終わり方も・・・「え? これで終わり?」とあっけなかった。

『ハウル』からジブリはつまらなくなったな、と思っていたけど、まさかこれほどとは・・・私の正直な感想です。

・・・・・・・・・

さてさて、反対に感動しなかった、白けるを通り越し、かえって気持ち悪いと思った「感動系作品」について。、

前のほうの記事で、
少女(小中学生)が妊娠し、結局、苦しんで出産して、皆からも祝福されて、ハッピーエンド・・・テーマは命♪・・・でも、その後の子育てには触れない・・・というドラマや漫画の話に触れ・・・

「無責任なきれいごと物語」だなと思った。

せっかく宿った命、中絶は殺人、命は大切に、だから産もう・・・もちろん、これは善であり、正義である。
が、その後の我慢を強いられる子育てについては触れない。
触れたとしても、『周囲の協力もあって、上手くいってます。少女ママも少年パパも仲良く子ども育ててます』『子ども、元気に成長しました』と、サラッと描く程度。

『非現実的ご都合主義な無責任エンタメ』ということで、私はああいった物語は感動もしないし、『命を大切に』というメッセージにも、「じゃあ、その後の子育てを描こうよ。そっちが大事じゃん」と思ってしまう。

・・・というようなことを語った^^;

命大切テーマといえば、もうひとつ「臓器移植」について考えてみる。

産経新聞にて・・・生体腎移植で、妻が夫に腎臓を提供することになり、一度は同意したものの、実は夫側から圧力があり、妻はほんとうは提供したくなかった、ということで、移植は見送った、という内容の記事を見た。ドナーとなる人の本当の意思を尊重しなければいけないし、ドナーになるよう圧力がかからないようにしなければいけないけど、実際、どうなのだろう。ドナーになるのを嫌がったら「冷たい」と非難の空気があるのかもしれない。

ドラマなどでは、こういった生体臓器移植がテーマな場合、家族が快くドナーになり、成功、ハッピーエンドで、感動物語となるが、実際、ドナーとなるほうはかなりの葛藤があるのではないか。もちろん、移植される方も、家族の健康体を傷つけてまで、ということで悩むだろう。ドナーは絶対安全とも限らない。リスクはあるのだ。

以前、http://kayashi.blog.so-net.ne.jp/2010-01-03でも取り上げたが・・・生体移植をテーマにした本(映画にもなった)「私の中のあなた」、そして漫画「ブラックジャックによろしく」・・・どちらも違和感ありの作品だった。

「ブラックジャックによろしく」
ありえん・・・家族間でさえ、葛藤あるのに、家族でもない恋人でもない「友人・同僚関係」で自分の臓器をあげる=ドナーになるかな、と。

腎臓は片方だけになると、疲れやすくなり、若い女性は出産も難しくなるので、まず若い女性がドナーになることはないと聞く。

ブラックジャックによろしくの主人公、激務には耐えられない体となる可能性が高くなる。
主人公って「善人」だとは思うが、ここまでいくと「気持ち悪い善人」にうつる。ま、非現実的なキャラにしか思えなかった。

「私の中のあなた」は、舞台はアメリカだが、親が、姉のために、妹(14歳)へ腎臓を提供しろ、と迫る。
この時点で、かなり気持ち悪さを感じた。親のエゴもここまでいくのか、と。
ちなみに、日本では、若い女性のドナーは認められない。未成年もダメだ。

結末も気持ち悪い。感動物語なのだろうが、私は気持ち悪さしか感じなかった。命の大切さなど伝わらない。

なぜ、気持ち悪く思うのか・・・それは「絶対善」だからかもしれない。

この14歳の妹(もう治療は嫌だと言う姉のために、ドナーになりたくないと抵抗したが、本当は姉に提供したかった)も、ブラックジャックよろしくの主人公も、相手のために、自分を捧げることができる。心の底からそう思える絶対なる善人。

提供することに躊躇する、ほんとうは提供したくない、リスクもある、怖い・・・これが普通の人間だろう。
なので絶対善による感動話は、やっぱり白けてしまうのである。


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