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世間も気になる恋愛状況? [人生・生き方・生活・人間関係]

世間様は若者(18歳~35歳未婚者)の恋愛状況にも興味があるらしい。きわめてプライベートなことを調査をしている。

http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819695E0E7E2E19F8DE0E7E3E3E0E2E3E39180EAE2E2E2?__from=mixi

読売も同じような記事が出ている。以下、抜粋。

【18~34歳の未婚者のうち、「交際中の異性がいない」とする男性が約6割、女性が約5割にのぼり、1987年の調査以来、最高となったことが25日、国立社会保障・人口問題研究所の調査でわかった。
調査はほぼ5年ごとに行われ、今回は昨年6月に実施。回答者の中から18~34歳の男女計7073人分をまとめた。
結果によると、「交際相手がいない」と回答した男性は2005年の前回調査比で9・2ポイント増の61・4%、女性は同4・8ポイント増の49・5%。「交際相手がいないし、交際も望んでいない」と答えた男性は27・6%、女性も22・6%いた。】

抜粋終わり。

ちなみに世間様は、35歳以上の未婚者の恋愛状況には興味がないのだろうか?
・・・35歳以上の未婚者は結婚も難しく、とくに女性の場合、出産が厳しくなるし、結婚市場価値もなくなるということで、少子化を憂える世間様は35歳以上には興味ないのかもしれない。(苦笑)


さてさて、私の感想は・・・べつに交際中の異性がいなくても普通のこととして、問題にすることもないと思う。そもそも、恋愛はしたほうがいいよとお勧めされてするものではないだろうし、とくに社会人の場合、「忙しい中、優先して、お会いしたいような特別な相手」にめぐり合わなければ、恋愛しないのが普通かもしれない。友だちでワイワイやるほうがいいだろう。

が、こういう調査が行われるということで、どのくらいの人が恋愛していないのかが、異性と交際していないのかが世間様は気になるようである。

特に交際も望んでいないという人もわりといるようで・・・たしかに、よほど気が合い、話題が合わないと、交際も難しいと思う。交際にはそれなりに時間やお金がかかるわけで、夢中になる趣味や仕事があれば、そちらを優先したいだろう。
世間は、草食系と揶揄するけど、昔からそういう人はけっこういたのでは、と思う。

朝のNHKドラマ「カーネーション」を見ても分かるとおり、昔は、交際もせずに周囲が決めて、そのまま結婚というケースもわりとあったのだし、特に男性からしてみれば「女性をつきあって楽しいか?」となると、よほど趣味や話が合わない限り、実は、別にそれほどでもない、という人は多い気がする。それよりも同性同士のつきあいのほうが気兼ねなく楽しいだろう。性的処理はほかで済ますことができるし、最低限の家事もできてしまえば、経済的自由も時間的自由もなくなってしまう結婚にメリットはあまり感じないかもしれない。よほど子どもが欲しいというのがなければ、だ。

とすると、子どもが絶対に欲しい、そのために結婚するのだ、という男性は、30歳未満の女性を狙わないとならなくなる。子どもが絶対に欲しいという女性はとにかく若いうちに結婚したほうが良いらしい。
(妊娠率が30歳を超えるととたんに落ちるらしいから。できれば25歳までが良いとのこと。なので、跡継ぎが絶対に必要な皇族の男子の方は、25歳未満のお嫁さんをもらうことが重要なのかもしれないですね・・・まるで女性を「子どもを産む機械」のように捉えている気もしないでもありませんが、「家」が絡んでくる結婚とはそれくらいシビアなものなのかもしれません・・・)

結婚はできればしたいけど、できなきゃできないでいい、妥協してまでしたくない、という人も多いだろう。
子どももできなきゃできないでいい、という人もわりといるかもしれない。

結婚したいけどできないということで「婚活欝」になる人もいれば、ま、良い縁にめぐり合えば結婚できたらいいよねくらいに考えている人もけっこういるようだ。

「独身者は孤独で寂しい」と言う世間の脅しに屈せず、世間の価値観(=家庭を持たないなんて不幸、人間としていかがなものか、というような考え)に縛られずに、自由に生き方を選べる人が増えたということで、私は良いことだと思う。

ましてや恋愛(異性との交際)など、個人の自由であり、望む人もいれば、望まない人も、それ相応に存在する、というのはちっとも不思議なことではない。
多様化し、社会が成熟している証拠である。


そうそう、1966年はこんなことがあったのだっけ・・・

1966年生まれは丙午ということで、その年の出生率だが・・・当時、ものすごく下がった。前1965年、後1967年と較べて、そこだけ極端に下がっている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:BirthDeath_1950_JP.svg

マスメディア=世間が「丙午」ということで騒ぎ立てていたという。

その迷信とは・・・
丙午生まれの女子は「夫を殺す」として、「だから丙午は嫁にいけない」「丙午の娘は嫁にもらうな」という。

つまり、丙午の女子は結婚が難しい、ということで、子ども(娘)を「丙午生まれ」にしたくないということで、中絶した人も多かったらしい。(地方、農村地域で)
男女産み分けができないのだから、もし女児だったら大変だということで、中絶したのだろう。

だから、その1966年だけ極端に出生率が下がっている。1965年と1967年と較べて、ガクンと・・・

「迷信」に惑わされ・・・それもマスメディアが煽って、中絶者を増やしたわけだ・・・もしも女児だったら嫁にいけないという、そんな理由でだ。

こんなグラフもある。
出生率と・・・あと乳児死亡率・・・
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20091014

1966年だけ乳児死亡率がちょっと上がっている・・・嫌な想像をしてしまう・・・

というわけで、「将来、結婚できないかもしれないという理由で乳児が命を奪われたかもしれないケース(消極的殺人=治療を受けさせず放置した、など)があったと邪推できてしまう60年代」を思うと・・・当時は「結婚できなきゃ人生終わり」という空気が支配していたのだろう。

嫁にいけないという理由で、殺されたかもしれない乳児がいた(という推測される)・・・それほど結婚とは絶対にしなくてはいけないものだったらしい・・・その空気が変わり、結婚してもしなくてもどちらでもいいという自由な空気を作り上げたことは、ほんとうにすごいことだな、と思う。

いや、まだ「結婚しないと不幸になるよ」「結婚するのが人間として当たり前」という空気は残っている。だから「婚活欝」になる人もいるのだろう。
しかし、ほんのちょっと昔は・・・「1966年生まれは結婚できないかもしれない」という理由で、中絶、もしくは消極的殺人を行った人がいただろう(・・・と推測できてしまう)」という恐ろしい時代だったことを考えれば、仕方ないのかもしれない。
(さらに、その前の1906年丙午生まれの女性は結婚できないことを苦に自殺した人が多かったと聞く。)

【結婚したほうがいい空気】はまだ残っているのだろう。
それが「恋愛=リア充」「結婚=幸福」「未婚=不幸、孤独、寂しい、人間として何か問題がある」という空気を漂わせているのかもしれない。
でも、そんな空気も徐々になくなっていくだろう。

また、結婚できないかもしれない程度のことで赤ちゃんを見殺し(と推測される)にするようなことをさせた時代・・・「こう生きるべし」という縛りのキツかった時代を生きてきた上の世代の人たちも大変だったんだろうなと思う。

若い人は、ネットでいろんな人の考えに接することができるせいか、こういった世間の価値観に縛られずに、自由に考えることができるのかもしれない。

前のほうの日記「夢と現実の厳しさ」http://kayashi.blog.so-net.ne.jp/2011-11-20で、著名人=漫画家の弘兼さんの発言をとりあげたが、それについての他の人のコメントのほうがはるかに頷けたり、説得力があったり・・・つまり、名もない人たちの発言のほうが理にかなっている、共感できる、納得できる、参考になる、勉強になるケースが多々ある。
そのことで、より多様化な社会になり、どんな生き方をしようと認められる社会になっていくのかもしれない。

昔の価値観のほうが、よほど問題あり、だったかもしれない。
少なくとも、生まれた子供が結婚できないかもしれない程度のことで、中絶や乳児の消極的殺人が行われることは、今の価値観からいえば、かなり問題あるのでは、と思う。(さらに昔は、結婚できないことを苦に自殺した女性がたくさんいたのだ)

世間様の価値観、幸福観ほどあやふやなものはなく、見方によっては危険なものかもしれない。

いろんな生きかたをする人がいて、それを社会が受け入れ、認められることによって・・・そういった多様性が社会のバランスを保ってくれ、おかしな暴走を食い止めてくれるのかも・・・

前回、「婚活欝」http://kayashi.blog.so-net.ne.jp/2011-03-09について書いたけど・・・この「婚活欝」も、なんだか1966年と同じようなものを感じる。
結婚できないという理由で、1906年丙午生まれの若い女性の自殺が多発し、1966年丙午生まれを避けるため中絶が増え、1966年は乳児の消極的殺人(治療をさせず放置したなど)が行われた可能性が疑われ、そして現在、心を病む人がいるとは・・・

まさに、婚活に関しては、弘兼さんの言うとおり「かなわない夢を追い続け、疲弊し、不幸になる」可能性もあり・・・(弘兼さんの発言についての記事はこちら→http://kayashi.blog.so-net.ne.jp/2011-11-20

ほんとうに結婚して幸せになれるのかどうかも考えたほうがいいのかもしれない。婚活欝になる人は、「今現在好きな人がいて、その人と一緒になりたいから結婚したい」ではなく、「とにかく誰か見つけて結婚したいけど、うまくいかない」ということなのだろうから。

まだまだ「結婚しないと孤独で不幸になる」「結婚しなければ取り残される」という空気が強いのかもしれない。
「多数の人が出来ているのに、なぜ自分はできないのか」と劣等感抱えたりして、不幸感を募らせることになるのかもしれない。自分の生き方が少数派に属すればやはり不安も大きいだろう。少数派は何かとマイナスに見られることも多い。

「大多数の人の生き方」から外れてしまい、少数派になると、より不安感をもち、それが「不幸」に思えてしまう人はいるかも。
どんな生き方をしようと、マイナス面とプラス面があり、それぞれリスクもあるので、自分に合った生きかたができるといいとは思うのだが・・・

それでも恋愛については、異性との交際をしている人、してない人は半々ということで・・・恋愛していない人(異性と交際してない人)は少数派というわけでもなく、世間の「恋愛したほうがいい空気、恋愛するべき空気」に惑わされることなく、若者の間では「とくに恋愛しなくていい空気」=「自由な空気」になっているのは良いことではと思う。

なので、恋愛するために適当な誰かを見つける、という行動を積極的にとらなければ、いつも恋愛=異性と交際していなくて当然かもしれない。そこまでして恋愛(異性との交際)にエネルギーを注ぐ人が世間が思ったほど多くはなかった(少なくもないだろう・・・)と、それだけのことかもしれない。いろんな人がいるということで、むしろ健全にも思えるのだが・・・

それよりも、婚活セミナー、恋愛セミナー、あるいは関連著書の類で、商売しようとする輩がたくさんいるようで・・・世間の良しとする価値観に振り回され、自分がその良しとされる生きかたが出来ないことに劣等感や不安感を持ってしまいがちなので、そこにつけこまれるかもしれない。なので、少数派がもっと増え、さまざまな生きかたをする人たちが増えたほうが、社会は健全になっていく気がする。
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余談
「優先したいこと」は人それぞれ♪

というわけで・・・「異性とマジメに付き合うって面倒だ」という言い分は分かる。
この言い分を「モテないことの言い訳」と思う人もいるだろうが、モテるための努力がそもそも面倒なのかもしれない。そのエネルギーは別のことで消費してしまう人もいるだろう。

とくに恋愛にそれほど重きをおかない殿方は、結婚も、お見合いで適当に条件があれば、3回会うくらいですませたいという人もいるようである。昔のお見合い制度(=3回ほど会うだけで手っ取り早くゴールインできる)が、うやらましい殿もいるようである。

1966年は、結婚できないかもしれない娘が誕生することを嘆くような空気だったのだから、その頃の昔の女性は何が何でも結婚しなくてはならず、殿方も努力などしなくても、交際などしなくても、結婚相手が適当に見つかったのだろうし、周囲がお膳立てしてくれていたのだろう。

「なにしろ、オレは忙しいのだっ」・・・うむ、分かる、分かるぞ。そもそも、忙しい中、最優先してまでお付き合いしたいような人は、そう滅多に現れないだろう。
そして相手も忙しい中、自分を優先して、つきあってくれるのか?である。

ということで、多趣味で友だちも多く仕事も忙しい人と、いわゆる「お付き合い」ってヤツをするのは、なかなか大変そうじゃ。

男女共に言えることである。

「どうしても恋愛がしたいってわけではない人(=とりあえず「この人いいかも」という感じで、彼氏彼女をつくり、マジメ=最優先で付き合ってみるという気持ちがさほどない)」は、他が優先されてしまうことが多いだろう。

趣味優先、友だち付き合い優先、仕事優先(仕事だけでなく、仕事に関係あることが全て優先される状態・・・疲れをとらなきゃ仕事に差し支える場合は休むことを優先する)

今は楽しいことがいっぱいある・・・
しなきゃいけないことも、たくさんある・・・

私自身、そんな忙しい人をつき合わせるのは悪い気がしてしまう。
毎週のせっかくの休みの日につきあっていただくなんて申し訳ないと思う。
ほかにやりたいこと、たくさんあるだろう。

まあ、それら(=趣味やたくさんの友だち付き合いなど)よりも自分は下位であることを認めるのは、寂しいことでもあるが、よく考えてみれば、それらを我慢させてまで付き合っていただくほど、自分は素晴らしいヤツでもないよなあ。
それらよりも、自分は毎度毎度、楽しく刺激的なことを提供できないよなあ、と。
自分ひとりよりも、多数の友人とつきあうほうが、刺激的で楽しいだろう、と思う。

自分にとって、ほかの事をある程度後回しにし、優先順位上位で付き合いたくて、相手も同じ気持ちである・・・しかも、これがある程度長く続く・・・って、これは奇跡に近いことだろう。

友人も多く、多趣味で忙しい人とは、恋人ではなく「お友だち」でいるのが気楽で一番かもしれぬ。
いや、お友だちって貴重だと思う。良い距離感を保って、長く付き合える関係になれるかもしれない。

ただ、肉食系は異性の友達などありえん、と思っているだろうから、やはり草食系が増えてきたことは喜ばしいことだと思う。

いや、男女問わず、ほとんどの人が忙しいのに、友人としてお付き合いいただけるだけで、ありがたいではないか。
「1対1でマジメに付き合う=飽きずに、そして飽きられずに、ある程度の頻度で会う」って大変なことだよな、ということで・・・異性と交際してない人がわりといることについて、別に驚く話じゃなく、ごく普通の数字だろう、と思うのだけど。

「彼女または彼氏がいないとカッコ悪いから、あるいは、寂しいから、とりあえずの彼女または彼氏をつくっておこう」と動く人よりも、マイペースな人がわりといるだけのことかもしれない。

仕事や趣味のほうがずっと高揚感やワクワク感を味わえる場合もあり・・・積極的に出会いを求めるということもせず、自然に任せ・・・と、きっと上記の18歳~35歳の中にも、そういう人が増えたのかもしれない。

恋愛に消極的だと、まだまだ世間ではマイナスイメージで見られてしまいがち・・・そんな中で、恋愛に積極的になれない自分に正直になった人が多くなったのかもしれない。

きっと恋愛に向いている人とそうでない人がいるのかも。

そうでない人というのは・・・恋愛したくないわけではなく、自然にまかせ、積極的に出会いを求めたりしない人、ほかにエネルギーをまわしたい人のことを言うのかも。

そして、もし「いいな」という人がいても、断られたら傷つくので、アプローチしない、あきらめる、という人は、所詮はその程度の気持ちしかないということで、それほど好きではない、ということなのかも。

まあ、とくに男性の場合、下手すると、ストーカー扱い、セクハラ扱いされかねないので、男性側にたつと、恋愛は面倒だという気持ちになるのも当然かも^^
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