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ピアノの練習について(その2)「音吉君のピアノ物語」 [音楽・ピアノ・ショパン・「音吉君のピアノ物語」]

「ピアノの練習について」http://kayashi.blog.so-net.ne.jp/2010-03-14-1の続きです。
そこで「音吉君のピアノ物語」について触れましたが、もう少しそれに因んだネタで綴ってみようと思います。

↓ちなみに「音吉君」はこんな感じのピアノ漫画です^^;
otokiti31.jpg

あらすじ・・・音吉君は、小さいころ「井田先生」というとっても厳しい怖い先生にピアノを習い、すっかりピアノ嫌いになってしまうのですが・・・高校になってから女の子にモテたいがために、【モーツアルトのソナタを少々弾ける】というようなことを、つい言ってしまい、またまたピアノを始めることになってしまいます。そこで、その場のノリで、ショパンの「革命」を弾かなきゃいけないことになってしまい・・・従兄弟の音太郎君の紹介で鎌口先生にピアノを習うことになりました。そこで才能が徐々に開花するのですが・・・^^;

ということで、「音吉君のピアノ物語」(全6巻)が欲しい方はこちらへどうぞ↓
小学館コミックス「音吉君のピアノ物語」オンデマンドのページ

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さてさて・・・私も、井田先生のような怖い先生に習うのは嫌です。萎縮してしまい、ますます弾けなくなってしまうし、先生の言うことを、理解できていなくても「ハイ」と返事してしまい、でも結局、先生の言うとおりにできないので、ますます先生に怒られるという悪循環・・・いえ、怒られるというよりも、あきられ、ため息をつかれました。

そうです、私も子供のときに井田先生のような先生にレッスンしていただいたことがありました。

繰り返し記号があったので、いちおう繰り返しをしないと、また怒られそうな気がしたので、繰り返したら・・・「もう一度、聞きたいとは思いませんね。」と皮肉を言われました^^;

本当に嫌そうな表情で「ああ、また汚い音を出して」と何度も言われ、とにかく否定の言葉だらけのレッスンでした。

音吉君のように手を叩かれることはありませんでしたが、私にとっては嫌な雰囲気のレッスンでした。
先生だって、レベルの低い生徒のレッスンは嫌だったでしょう。
褒められたことなど、もちろん一度もありません。

それでも、こういった「偉い先生」には、半年に1回しか見てもらわなかったので、ピアノが続いたようなものです。その先生に見ていただける、というのは、その教室での一種のステータスだったので、嫌なレッスンだったにも関わらず、何度かその先生のレッスンを受けました。受けることで、自分のプライドが保てたという、ただそれだけでした。

もちろん、今、振り返れば、全く身になっていなかった無駄なレッスンです。そして無駄な投資でした。つまり、私のような低レベルの生徒が受けるべきではなかったのです。

「汚い音」にさせないためには・・・前記事にも書きましたが、「指の独立」を習得し、音の強弱を、各指が独立しつつコントロールできてこそ、はじめて到達できる技術です。
「キレイな音で弾け」といわれて、すぐその場でできるようなことではないのです。

低レベルの何も分かっていない私には、「キレイに」という感覚的なことしか言わない先生は合ってなかったのです。
それでも、その「偉い先生」のレッスンを受けるため、モーツアルトのソナタやバッハインベンション(2声)の同じ曲を半年、えんえんと練習していたのです。
半年かけて、ソナタとバッハ、それぞれ1曲しか曲が進まない状態です。

野獣先生ならば、「アホやなー」を言うことでしょう。

今ならば、できるだけたくさんの曲を弾くべきだ、と思いますが、当時はその「偉い先生」に見ていただくために、1曲を完璧に仕上げることが重視されたのです。
けど、低レベルの私がそもそも「完璧」を目指すなどおこがましいことですし、できるはずがありません。

そして、当時「ベートーベンは難しい」ということで、ソナタアルバム1に入っている以外のベートーベンのソナタは弾かせてもらえませんでした。もちろん、バッハインベンションも難しい、ということで、なかなか曲は進みません。

それで、ついに先生を替えることになり、音大出たての若い先生につきました。熱心で良い先生でした。
ようやく、バッハはインベンションの3声に入り、ベートーベンのソナタももう1曲練習させていただきました。
チェルニー40番もなんとか程ほどに進みました。

で、音高を受験することになり、自由曲はモーツアルトのソナタを選びました。
やはりベートーベンは難しい、ということで避けたのです。

エチュードは「チェルニー50番」から、バッハは「平均律」から、課題が出ました。
「チェルニー50番」「バッハの平均律」は、当時の私がやっていた「チェルニー40番」「バッハインベンション(3声)」よりワンランク上のレベルです。けれど受験の課題曲なので、やらざるを得ませんでした。

それから、受験が近づき、野獣先生を紹介され、野獣先生につくことになりました。

その時に「なぜ、よりによって不利なモーツアルトを選んだ?」と、野獣先生はため息をついてました。
けど、もう曲を選び直す時間はないので、そのままモーツアルトでいきました。
野獣先生としてはベートーベンのソナタを選びたかったようです。

なぜ、モーツアルトは不利なのか・・・それは、モーツアルトは技巧的に難しい、というところはなく、それでいて、ちょっとしたミスが目立ち・・・表現力がないと退屈な曲となってしまいます。つまり、モーツアルトは、ごまかしがきかない「音楽性で勝負」という曲なんです。

もちろん、低レベルな私が「音楽性で勝負」などできるわけないのです。
しかも、ミスが目立つ、ごまかしのきかない曲です。

けど、とりあえず受かり・・・(音高はたいてい受かります^^;)
受験が終わり、その後も野獣先生につくことになりました。

なので「終わってないチェルニー40番の残り」をやろうと思ったら、野獣先生は「50番へさっさと行け」と言うので、50番に入りました。
バッハインベンションも終わってなかったので、それを続けるのかと思ったら、「平均律へ行け」でした。

なので、私は40番もインベンションもちゃんとはやってません。とくに3声は、ほとんどやってません^^;

今までの先生ならば、それらを終わらせずに、しかもほとんど抜いて、上のレベルの曲へ行くなどと、とんでもないことだったでしょう。「まだまだ上へ行くには早すぎる。じっくり1曲1曲を仕上げて、進むべし」という考えでした。もちろん、いちいち暗譜させられます。

けれど、野獣先生は「難しい曲をやらなきゃ、いつまでたっても弾けない」「完成度など求めても、どっちみち無理。時間の無駄」「ある程度弾けたら、次へ行け」「暗譜する暇があったら、新しい曲をやれ」という考えです。

野獣先生は、最初は怖かったけど、わりとすぐに慣れました。
「お前はアホか」と頭をスコーンと叩かれますが、これも慣れでした。決して陰湿ではなく、なので、慣れるのも早かったです。ほかで聞くピアノの先生よりも、野獣先生はずっとおおらかでした。悪く言えば、おおざっぱ、ともいえますが。

もちろん、野獣先生にだって、一度も褒められたことはありませんが、もしも陰湿な雰囲気だったら、脱落したと思います。

慣れれば、先生の言うことはよく分かるし、論理的かつ科学的なので、無理なくその技術を習得できました。

もちろん野獣先生は「その場で直せ」などという無茶も言いません。
技術習得まで、それ相当の時間がかかるのは当然なのですから。

そして、適当に次の曲に進ませます。技術習得に時間がかかるからといって、1曲を長くはやらせません。たくさんの曲をやってこそ、技術は習得できます。1曲を長くやるよりも、いろんな要素をもった多くの曲をやったほうが、習得できると思います。
ちょっと無理めなレベル上の曲もやらせます。じゃないと、いつまでたっても「無理めな曲」は弾けません。

技術習得は20歳まで、です。それ以上の年齢になると、習得するのに時間がかかり、あるいは習得できません。ピアノやバイオリンなどはそうです。

なので、野獣先生は技巧的に上のレベルの曲にさっさと行かせたのです。技術習得に時間制限があるからです。
だから、できるだけ早く、難易度が高い曲に行くべきです。もちろんそれ相応の段階を踏みながら、ということになりますが。

完成度を高めるために、1曲に長く時間をかけたるのは、歳をとってからでいいと思います。

チェルニー50番を約1年で終えた、と、前のほうの「ピアノの練習について」の記事に書きましたが、チェルニー50番を1回のレッスンで2、3曲見てもらってました。多いときは4曲です。そして1回~2回のレッスンで終了し、次へ進みました。

チェルニー50番の後はショパンエチュードです。

けど、他の先生のところでは、チェルニー50番の後、チェルニー60番やクラーマ=ビュロー60やらされたりする生徒さんもいたようで・・・もちろん、中学生あたりであれば、そういった練習曲をやるのも勉強になるでしょうが、高校生になってしまったら、もうショパンエチュードへいったほうがいいのでは、と思います。

チェルニー60番やクラーマービュロー60など、「チェルニー50番と同質といっていい練習曲集」を高校生でやらされ、それらを終えてから、ショパンエチュードへ行くとなると、下手すれば20歳近くになってしまいます。
それではもう遅いです。

私の場合、高校生2年でショパンエチュードへ行きましたが、結局、エチュード全曲はやってません。そして、やはり20歳近くで、伸び悩み、そこでストップしました。リストの「超絶技巧」はやってません。

なので、「高校生でショパンエチュード」も、もしかしたら遅いのかもしれません。できれば中学生で入ったほうがいいかもしれません。(もちろん、相応の段階を踏んでから、です。)

技術習得には時間制限があります。効率よく、曲を進めていくべきです。

芸術性や音楽性といった曖昧な感覚的なものを追求するのは、歳とってからもできますが、技術だけは無理です。
だから、若いうちに技術習得を重視したほうがいいのでは、と考えます。
「そんなの芸術ではない、音楽ではない」というのは簡単ですが、結局、表現力=技術力あってこそ、なのだからです。

おそらく、野獣先生も同じ考えだったと思います。(野獣先生はすでに故人です)
だから「モーツアルトはバアサンになってからやれ」だったんです。

そう、実は「音吉君」に出てくる鎌口先生は、野獣先生がちょっとだけモデルになってます。鎌口先生は穏やかで、まあ、そのへんはちょっと野獣先生とは違いますが・・・決して、無茶を要求しません。そして、基本的におおらかです。

けど、音吉君は「マンガ」ですから、主人公の音吉君は無茶をし、短期間で技術を習得してしまいます。
かなりのブランクがあったにも関わらず、短期間でカンを取り戻し、コンクールまで目指せるほどの腕になっていきます。

そして、やはり・・・少年漫画は「勝負」させねばならないので、目指すは「コンクール」ということになります^^;

音吉君も、「革命」を練習するのに、最初は力が入りまくり、手首がガチガチになって苦労しますが、弾いて弾いて弾きまくり、限界を超えた時に力が抜けて、ラクに弾けるようになります。
モーツアルトのソナタしか弾いたことがないのに、しかもかなりのブランクがあったのに、いきなり「革命」は、まあ無茶かもしれませんが・・・^^;

で、どうしたら、力まずに弾けるようになるのかっていうと、やはり弾いて弾いて弾きまくるしかないのでは、と思ってます。野獣先生も「とにかく弾け。そのうち力まずに弾けるようになる」という考えでした。
もちろん、その場でできることではありません。普通は長期間かかります。音吉君は1日でできましたが・・・

けど、音吉君はゴリラのようにとってもガタイがいいので、手もかなり大きいです。細かい設定はしてませんが、手を広げれば、11度は軽く、12度は完全に届いたはずです。
>普通は手を広げても、届くのは8度から9度でしょう。男性で10度といったところでしょうか。

なので、手の小さい人なら無理して指間を広げないと弾けないようなところも、音吉君は力まずに難なく届くので、昔のカンを取り戻せば、わりとすぐに弾けることができたでしょう。

というわけで、音吉君の場合は「いきなり革命」もありうるかもしれません。カンを取り戻し、たった1日で力まずに弾けた、というのも、ありえるのです。

そう、音吉君は初心者ではなく、子供の時の厳しいレッスンで、基本はできていたのです。ハノンやチェルニー40番程度を、かなりの速度で弾けていたことでしょう。もちろん、力まずに、です。力んでいたら、速くは弾けません。余計な力は、動きを鈍くさせます。

小さいころの音吉君は、あの鬼のような厳しい井田先生に指導を受けていたのですから、基本は叩き込まれていたはずです。
・・・まあ、すべて後付設定ということになりますが(笑)

ちなみに、小さいころの音吉君はゴリラ系ではなく、かわいい男の子でした。成長とともに顔が長くなってしまったようです。

ということで、「音吉君のピアノ物語」は、現実的なピアノ漫画ではないかもしれませんが、ウソというわけでもありません。わりと「ありえる」のです。ピアノの技術についても、私が実際に学んできたことを入れてます。

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